赤い水の中、私は戦いをイメージしていた。
迫り来る敵を獰猛に、貪欲に追いつめる。
戦う。戦う。戦う。戦う。
戦う。戦う。戦う。戦う。
「レイ、あがっていいぞ」
碇司令は赤い水の満たされた巨大なガラスの管の中にいる私に言った。
碇司令以外に赤木博士もいた。
そしてこの管以外は周りは暗くて見えない。
目覚めた朝にはこの周りには私と同じ姿をした少女達が漂っていた。
今は彼女たち…いえ、"私の代わりたち"はどうしているのだろう?
やはり赤い水の中で漂っているのだろうか?
初めて見た時、"私の代わりたち"は笑っていた。
その笑顔からは嬉しさも、楽しさも、優しさも、何も感じなかった。
だけど"私"の方はほとんど笑わない。
碇司令と一緒にいる時に笑っていたと碇君は言っていたのだけど、
私には分からなかった。
"私の代わりたち"は何を考えているのだろう?
"私"が消えて"私"になる日を待っているのだろうか?
…そして、"私"は"私の代わりたち"と一緒にココで何をしているの?
ネルフから学校へ、私は随分遅れて登校した。
そのまま自宅へ帰ってもよかったけど特にやる事が無かったから。
学校はもう昼の休憩が終りかけていた。
校舎の廊下を歩く私。
教室からは喧騒が聞こえて来た。私が教室の戸を開けるとその喧騒が一瞬静かになった。でも私と分かると、再び喧騒が戻って来た。
自分の席まで来て鞄を置いて教室の中を見回すと真ん中の席の辺りで碇君とセカンドが口論をしていた。
そして私が来たと気が付くと碇君と口論していたセカンドが私の所までやって来た。
「優等生!Guten Tag!」
セカンドが分からない言葉で私に話しかけて来た。
「…?」
私は分からないという顔をしたらセカンドがすかさず言ってきた。
「ドイツ語の午後の挨拶よ。 随分と重役出勤だけどアンタだけネルフで実験?」
「ええ。」
「ふうん。やっぱり優秀なパイロットは違うわねぇ~。
私たちはお呼びじゃないのにアンタだけ実験?」
そう言ってセカンドは笑った。ただ、その目つきは険が強い…という言葉が妥当なのだろうか?よく分からないけど、とても笑っている目つきとは思えなかった。
「多分。」
私は今日の実験がなんなのか分からなかったのでそう答えた。
「…は? "多分"って何よ? アンタ、何してたの?」
「わからない。」
セカンドの笑顔が消えて険しい顔になった。そして私にややきつい口調で尋ねて来た。
「分からないって…何よ? アンタ、説明とか受けたんでしょ?
…っていうか、シンクロテストか何かじゃなかったの?」
「違うわ。 ただ、LCLの中で戦闘をイメージすように言われただけ。
それ以上の事はわからない。」
セカンドが…多分、驚きと疑問が綯い交ぜになった…そんな顔をした。
「説明無しに実験? アンタ、何の疑問も持たなかったの?」
「持ったわ。 でも、聞いても多分、教えてもらえない。」
セカンドの眉間にしわが寄った。そして彼女はしばらく考えてからまた尋ねて来た。
「アンタ、碇司令のお気に入りなんでしょ? そのアンタに教えない実験って……」
丁度その時、午後の授業の始まりを告げる予鈴が鳴った。
「…ちっ!! ファースト!この話はまた後でね!」
そう言ってセカンドは自分の席に戻って行った。
午後の授業も終わり、放課後、私は鞄に学用品を詰め込んで帰る支度をした。
そんな私の側にセカンドがバタバタと足音を立ててやって来た。
「ファースト!」
「…なに?」
私がそう答えると、セカンドは両手を腰に当てて言った。
「あんたってばもう忘れたの?
…さっきの話の続きよ!」
「…あれ以上の事は無いわ。」
「でも腑に落ちないわ!」
セカンドは昼の休憩時間の私の話だけでは納得いってなかったようだった。
でも、私はあれ以上の事は知らない。
「私、本当にあれ以上の事を知らないの。」
そう、正直に答えた。
「いえ、アンタの知っている事は他にもあるはずよ?
まがりなりにも無頓着なアンタも疑問に思ったんでしょ?
同じエヴァパイロットとして知らないのもシャクだし、 とにかく!!
今日の細かい状況とか聞かせてもらいたいわ!!」
「あの…アスカ?」
セカンドがそう言い終えたか否か、という時に碇君がおずおずと彼女に話しかけてきた。
「あーっ、もー!! アンタってなんでそんなに間が悪いのっ?!」
「ごめん…。」
セカンドはイライラしたような顔をした。その顔を見た碇君がすまなさそうな顔をして謝罪していた。
「…で、何なのよ?」
「いや…あの…今日は綾波と話して帰るのかな…って、思って。
遅くなるならアスカって夕飯とかどうするのかなって。」
「ん…、遅くなるかどうかわかんないけど、食べれるように用意しておいてよ。
ネルフの事だからココで話すのまずいからファーストの家にでも行くわ。」
…私の家?
セカンドが私の家に来る?
私は突然のセカンドの発言に少し驚きを感じた。
それを聞いた碇君も少し驚いたような顔をして言った。
「アスカが、綾波の家に?」
「なんか悪い?」
「いや…、綾波はいいのかな…って思って。」
「ファースト、アンタの家で話してもいいわよね?」
「別に構わないわ。」
私は彼女が私の自宅に来ても特に問題があったわけでも無かったので了承した。
私はセカンドを私のマンションの部屋のある場所へ案内した。
私のマンションの部屋は第3新東京市の使徒迎撃防衛機能の建造とジオフロント内ネルフ本部の建造の為の工事関係者が住んでいたらしい、今は廃棄、取り壊し予定の団地の一角だった。
…本当はそういった事は私は興味がなかったのだけどネルフでのパイロットとしての使徒防衛、迎撃に関する施設の使用及び運用に関して教えてもらった時についでに知った。
セカンドはこの団地の周りの風景を見て目を細めた。
「…アンタ、こんな所に住んでるの?」
「ええ。」
「…殺風景ね。」
「そう?私にはわからない。」
そして私の部屋の前まで来た時にセカンドは怪訝そうな顔をした。
「ここがアンタの部屋?」
「そう。」
私はセカンドの問いにそう答えるといつものように自分の部屋のドアを開けた。
「…アンタ、鍵かけてないの?」
「壊れてるわ。」
「…なんで直さないのよ?不用心よ?」
「いいの、別に。」
鍵なんて気にかけたことも無かったのでそう答えた。するとセカンドが少し大きな声で言った。
「アンタバカァ? 借りにも世界を守るエヴァパイロットでしょ?
いつ、よくわからない奴らが狙ってくるかもしれないのに鍵かけないなんて!」
「そう?」
そう私が聞き返すとセカンドは「そうなの!」と言い返して来た。
…誰かに狙われても、私には代わりがいるから例え死んでも構わないのに…。
そんなやり取りをしながら私とセカンドは部屋へ入った。
セカンドが玄関に入る時に足もとを見て嫌そうにしていたのが私にはよく分からなかった。
そして部屋の中に入るとセカンドは目を大きく見開いて言った。
「何よ…この部屋?」
「何?」
「だから何なのよ?!この部屋は?! これがチルドレンの…エヴァパイロットの部屋?」
「ええ、これが私の部屋。」
セカンドは「信じられない」と言わんばかりな顔をして私の方を見た。
「ほとんど何もないじゃない! それに汚いし…。
それになんなの?この剥き出しのコンクリートの壁!? 壁紙もないの?」
「最初からなかったわ。」
セカンドは目を細めて厳しい顔つきになった。
そしてふと、私のチェストの方を見た。
「これ、アンタのだよね?」
そう言ってセカンドはチェストの引き出しを開けた。
「…下着…だけ? 服持ってないの??」
「制服があるわ。」
私がそう答えるとセカンドはさっきよりもずっと厳しい顔つきをしてじっと考え込んだ。
私には何故こんなに彼女が驚き、そしてこんな顔をして考え込むのか分からなかった。
そして彼女はぼそりと呟いた。
「アンタ、碇司令にひいき… いえ、それなりにいい待遇されていたと思ったのに…」
「それで、話はしないの?」
セカンドが私の部屋を見て驚いていて肝心の彼女の聞きたい話を忘れているようだったので尋ねた。
「え…?ん…そうだったわね。」
セカンドはキリっとした顔つきになって言った。
「で、アンタさ…、今日何て言って呼ばれたワケ?」
「いえ、ただ "ネルフに出頭するように" と、命令されただけ。」
「じゃあ、具体的に何して来たの?」
「碇司令と赤木博士と共に地下施設のLCLのプラントのような施設まで連れて行かれて、
LCLの満たされた管のような中で戦うイメージをするように、と言われてそうしただけ。」
「戦闘訓練と違うの?」
「…多分。」
セカンドは顎に手を当てて再び考え込んでまた、独り言のように呟いた。
「リツコさんと司令はアンタ使ってなんかしようとしてるのかしら?」
そして私の方に向き直って言った。
「ねぇ、アンタってさ、こんな生活させられて、
自分が実験動物か何かみたいな扱いされてると思わない?」
「…考えた事無かったわ。」
セカンドはまた再び考え始めた。そして…
「…ま、話は大体わかったわ。
とにかく秘密裏にリツコさんと碇司令が何かしでかそうとしている。
そしてアンタは実験台の一人。 そして…」
セカンドはここで言葉を切ってそしていつか碇司令がしたような笑い…口元の端を上げるだけの笑いをして言った。
「アンタはこれからこの部屋の鍵の修理と部屋の内装の大幅変更、衣服の購入って所かしら?」
そして彼女はいつも見せるような笑顔で言った。
「まず、生活変えなさいよ。アンタ」
私はこの時、セカンドの言っている意味が分からなかった。
ただ、彼女が私の何かを変えようとしているのがわかった。
…多分それは…悪い事ではない…
私はそんな気がした。