奇麗に着飾った服、整えられた髪。
ほんの少しだけお化粧をした顔。

彼女の前のテーブルに置かれているのは雑誌で紹介されるような評判のお店のケーキ。
大きめのケーキとなると早めに予約しないと買えないような店。
このケーキにしても一か月も前から予約したものだ。
彼女はそのケーキを無表情に見つめていた。

ふと、時計を見る。
約束の時間はもうとっくに過ぎている。

"行けないかもしれない"

そう、連絡は受けていた。
だから約束の時間に来れなくても仕方が無い。
それでも待っていた。
でも、気が付けば約束の時間から何時間もこうしている。

再び時計を見る。
もう、かなり遅い時間。
いつも遅い母がそろそろ帰ってきそうな時刻だ。

目の前のケーキを見つめる。
もう随分長い時間、テーブルの上に置いたまま。
苺は干涸びたように表面にしわが出来て、生クリームも乾いてしまったように見える。

しばらくして彼女は立ち上がった。
テーブルの上に置かれていたケーキの皿を手に持ってそのままキッチンの方へ向かう。

そして、ケーキを生ゴミ入れの中に放り込んだ。

アスカに花束を

アスカの幼なじみのシンジは何かと彼の従姉妹のレイとよくつるむ。
レイは色が白く、非常に身体が弱かった。その為か、シンジは何かとレイを気遣って世話を焼きたがる。顔色が悪くなったとか、ふらついてるとか、熱が出たとか、レイの体調が少しでも悪くなると彼女の元に駆け寄っては心配をし、世話をする。彼のレイの世話焼きは今に始まった事ではない。アスカとシンジがちょうど小学生の頃、隣り合わせに住んでいた彼らの家の近所にレイの家族達が引っ越して以来ずっとだった。

学校に行く時はアスカがシンジを迎えに行くのだが、彼は必ずレイの家に立ち寄るようにしていた。

「綾波~。行こう!」

シンジはそうやってレイの家の玄関先で大きな声を出して呼びかける。
するとレイが奥からランドセルを背負ってやって来る。

「…おはよう。」

レイが静かに言う。
そんな情景を目の当たりにしながらアスカはいつも眉を顰めていた。何かすっきりしない。
大体シンジはレイとよく行動を共にする割に彼女の事を"綾波"と、苗字の方で呼ぶのはおかしい。おそらく、レイは物静かで他人行儀な感じのする子だった為だろうが、アスカにとって当初、彼らのやり取りは妙な感じがしていた。レイの家族はシンジの家族とは少し疎遠になっていたらしいが、仮にも従兄妹同士なのにという疑問は湧く。何より自分は名前を呼び捨てなのにレイだけ苗字というのもおかしい。

 "綾波"…変な呼び方。
 従兄妹同士じゃなかったの?

しかし、当のシンジの方は特にその事を気にしてない。レイの方もシンジに合わせて彼の事を"碇君"と呼んでいたし、気が付けば彼らにとってそれが当然の事になっていた。

一方、アスカ自身は勝気で元気な少女だった。
レイとは対照的に活発に動き回る少女で、彼女の普段の強気な態度や、シンジが気弱そうに見えるのとレイが病弱な上に無口だった為か、周りからは余計にそう見られていた。そのせいなのか、たまにアスカが風邪を引いてもあまり構ってもらえなかったりして、少なからず不満に思っていた。しかし、見るからにひ弱そうなシンジや無口で虚弱なレイを見ていると仕方が無いと諦めざる終えなかった。

しかし、諦めているとはいえ、彼女にとって最も不満なのは必要以上にレイに構うシンジだ。
シンジは両親からレイの事をお願いされているらしいが、それにしたって構い過ぎる。
事あるごとにレイを心配する彼を見ていればどうしても不満に思わざる終えなかった。
そもそもアスカとシンジは幼なじみで、アスカが小さい頃は躓いたりして怪我をした時などシンジは、『アスカは慌てん坊だから…』そんな事を言っては、少しは構っていた。
しかし、レイが彼らのすぐ近所に引っ越して来てからというもの、そういう些細な事は全てレイに取られている有り様。

「あんた、あの子を過保護過ぎなのよっ!」

ある日、アスカはレイの居ない時を見計らってシンジに向かって嫌味まじりにそう言ってみた。
しかし、シンジは改める様子など全く見せず、逆に彼女を諌めるような言葉を返してきた。

「綾波は弱いから仕方ないよ。それに、放っておけないし。」

そうやってシンジに言われて終ってしまった。
確かにその通りなのだが、アスカはそれがどうしても納得いかなかった。
その為か、その後もこうしたやり取りを何度も繰り返してきたののだが、いつもこんな感じで終ってしまう。こういう辺り、アスカは不公平さを感じないでいられない。彼が元々優しい気質なのもあるかもしれないが、最も側に居たはずの自分の事を忘れてしまっているのでは無いかという不安がどうしてもつきまとっていた。

 目に見えて弱い者の方がみんなに優しくされる…。

彼女の中にそんな卑しい考えがどうしても浮かんできてしまう。
理性でそれは妬み以外の何ものでも無いと分かってはいたが、感情的にはどうしてもそういう風に思えて仕方が無い。事に自分達が季節の巡る度に少しずつ大人へと近づくにつれて顕著にそう思えてくるようになった。
大人になっていけば理性的に物事を考えられるようになると思っていた彼女だが、そんな事はまったく無く、逆にしがらみに捕われて言いたい事が言えなくなり、自分の中に何かが鬱積していくようにすら感じた。

そしてそれがレイに対する嫉妬だと感じ始めたのは彼女が高校に入ってからだった。
何故かアスカ、シンジ、レイの三人は同じ高校に通う事になった。
最初その高校はアスカの志望校でかなりレベルの高い学校であったはずなのだが、どういうわけか、レイもそこに志望していた。アスカが思っていたよりもレイの成績が良かったようだ。おそらく、病弱で勉強以外はする事が限られていた為に自然にその学校に行けるレベルの学力になったのだろうと、アスカは思い至った。

しかし、それよりも驚いたのがアスカ達よりも少し成績が低いシンジもその高校に志望すると言い始めた事だ。それも、志望校を最終的に決める段階になってから。いくらアスカ達より低いとはいえ、シンジの成績そのものはそんなに悪いというわけでもなかった。それなりに努力すれば何とかならなくもない。ただ、もう中学三年の二学期も終わりに近づいた頃だったので付け焼き刃に無理に勉強をした所で入れるかどうか怪しかった。
その為、アスカはシンジに何故入りたいのか理由を問いただした。

「どうしても行きたいんだよっ。」

シンジはそれだけを言い、肝心な理由については一切触れずにアスカ達の志望する高校へ行く事を譲らなかった。シンジが何を考えているのか、アスカには皆目検討が付かなかった。ただ自分や、何よりレイが一緒に行く高校に進学したいと言うシンジの言葉に何かしら引っ掛かりを感じた。それを含めて反対をしてみたりもしたのだが、まったく譲る気は無いのか、シンジはただ黙々と勉強していた。
結局そんなシンジに根負けをしたアスカはシンジの勉強の面倒を見る事で妥協した。

しかし、その時にシンジと共にレイも一緒に勉強に付き合ったのが彼女にとって今一つ釈然としなかった。レイもシンジも黙々と勉強していて、特に二人が仲睦まじくしていたというわけでもなかったのだが、二人一緒に居るのがアスカにとってすっきりしなかった。
何より、シンジが自分のレベル以上の高校を目指す気になったのが、レイと一緒に通いたい為なのか、それとも自分と通いたいからなのか、はっきり分からなかったのが何よりも彼女の中の疑問を掻き立てていた。少なくともアスカは彼が普段、甲斐甲斐しくレイの世話を焼く所を見て、レイと一緒に通う為じゃないのかとは思っていたのだが。

そして、高校に入ってからも相変わらずシンジはレイの世話焼きに精を出していた。
もうこの位の歳になってからそうだと、アスカも妬みだとかそういうのを通りこして呆れてしまいそうになっていたのだが、やはり何処かに釈然としない想いが残った。

 やっぱりアイツってあの子の事が好きなんだろうな…。

高校に入ってから二年目の秋、もう十一月になって肌寒さを感じるようになった頃、アスカは教室の窓から校庭を眺めながら、ふとそんな事を思った。
校庭では男子が体育の授業をしていたが、その中にシンジも居た。アスカは彼が他の男子生徒と一緒になって校庭をランニングしているのをじっと眺めていた。彼は他の生徒とちゃんと足並を揃えて走っている。昔の彼はマラソンでもランニングでもすぐに息を切らしては立ち止まったり、歩き出したりしていたが、今ではまったくそんな事はなくしっかりと他の生徒に付いて行っている。

 シンジは昔とは違う、強くなったんだな…。

そう思いながら、彼女は先程思い浮かんだ事を思い出した。

 シンジはあの子の事が好き?
 じゃあ私の事は、どう思ってるの?
 いつもあの子の面倒ばかり見て、私の事は…どうなの?

そう思い始めたら急に彼女は居ても立っても居られない気持ちになってきた。
このままだと完全にレイにシンジが捕られてしまうような焦燥感。
羨む気持ちが一変して、何か行動を起さなくてはいけないという焦りに変っていった。

その日の学校の帰り、運が良いのか悪いのか、レイは四時間目の授業の途中で少し体調が悪くなり、そのまま保健室へ行ったまま早退する事になった。そして彼女は家族が迎えに来て早々に帰宅してしまった。
そうしてアスカは学校が終ってから久々にシンジと二人きりで帰る事になった。

弱くなった日差しはもうこの時刻から赤みを帯びて、日が暮れるのが早くなったのが分かる。
いつの頃からか、シンジよりも数歩前の方へ離れて歩くようになっていたアスカだが、その日に限ってそんなに離れずに歩いていた。彼の隣を並んで歩く事は、彼女にとって何故だか抵抗のある事だったからだが、シンジの方はその事に気が付いているかどうか分からない。とにかくアスカは何があろうと彼の隣でなく前の方を歩かずに居られなかった。
アスカは黙ってシンジの前方を歩く。シンジの方もそんな彼女に話しかけようとしなかった。

ほとんど無言で歩く二人だったが、突然アスカは立ち止まって、振り向きざまに後ろを歩いていたシンジに声をかけた。

「…あのさ。あんたさ、今日…暇?」

「え…?あ、特に今日は…。」

「…じゃあ、私と付き合わない?」

一瞬、何の事だかシンジは分からないようで、そのまま立ち止まってアスカの顔を見た。
アスカはシンジから少し視線を逸らしたまま呟くように言った。

「あのさ、HERB'sってお店知ってる?」

「えっと…、名前なら聞いた事あるけど…。たしか、ケーキ屋さんだったよね?」

「そうそう!第3新東京ウォーカーでいっつも紹介されてるトコ。」

「でも…そこがどうかしたの?」

ここまで来て、アスカは言おうか言おうまいか迷った。
誘って応じるかどうか。応じたとしても、もしかしたら"ただの顔馴染み、幼馴染として"かもしれない。そう思うと少し戸惑った。ただ、今日授業中に自分の中に過ぎった事を思い出すと、そんな事も言っていられない。
アスカは意を決し、シンジに切り出した。

「…クリスマス・ケーキをね、予約しに行きたいんだけどさ。 …あんたも、来る?」

「…え?クリスマス・ケーキ?」

「そうよ。もう十一月でしょ?クリスマス・ケーキ、今から予約しないと買えないのよ。」

本当に欲しいのは別の為の物だったのだが、アスカはわざと外して言った。それにシンジが気付くかどうか微妙だったが。何よりも、いつも居る者が居ない時に限って聞く事に何かしらの抵抗もあった。形振り構っている場合でも片意地を張っている時でも無かったが、何か卑怯でずるい事をしているように感じた。

「ああ、そっか。
 あ…でも、クリスマス時っていつもアスカの誕生日も一緒にしてなかったっけ?」

「…そうだっけ?」

一瞬ドキリとしたが、アスカはとぼけた返事をした。
高校に入ってから誕生日会はしてなかった。いつも背伸びをしているアスカにとって、子供っぽい事はしたくなかったからなのだが、それを今年になってからいきなりするというのもおかしい。堂々と答える事にはさすがに躊躇した。

「今年もやらないの?」

「え…うーん。どうしようかな…?してもいいけど…。」

「じゃあしようよ。ケーキは僕が買ってあげるからさ。」

「えっ?」

いきなりのシンジの言葉にアスカは驚く。
しかし、シンジはそんなアスカなどお構いなしに言葉を続ける。

「クリスマスの方はみんなで集るの?もし、そうならみんなでお金出した方がいいよね?
 それと予約金とか、そこのお店って要るのかな?」

「えっと、前払いと予約するだけなのと選べる…かな?」

「そっか、今日六千円持っているから買えるかな?」

「一つ五千円程度だから買えると思うけど…?」

「あ、なんとか足りそうだね。 …そういえば、綾波はどうする?」

アスカがその名を聞いて眉をひそませた。

 あの女を呼ぶ?

アスカの中に何か、嫌な感情が渦を巻き始める。

 なんであの女なんか…。

そんな思いが彼女の中に過ぎる。
急に様子を変えて黙り込んだアスカに、シンジが戸惑いながら彼女の顔色を伺うように顔を覗き込んだ。

「…どうしたの?アスカ?」

シンジに声をかけられたものの、アスカは険しい表情のまま、彼の質問には答えないで黙って立ったまま、じっとしていた。シンジは何がどうしたのか分からずに困った顔をして暫らく彼女の様子を見ていたが、少し経ってから唐突にアスカが声を出した。

「…あの子を呼ぶのは、イヤ。」

「え?」

「あの子呼ぶなら誕生日もクリスマスもやらなくていい。」

アスカは彼に睨むような視線を向けながら、きっぱりとした口調で言い放つ。
平素、彼女は人に対して高圧的な態度に出たりする事はあったが、本当の意味で人を見下したり、爪弾きにしたりするような事はなかった。彼女自身、そうそういう事は程度の低い事だと思っていたし、親が仕事で忙しい為か、いつも寂しい思いをしていたアスカは人当たりをとても気にしていた。しかし、今日に限ってそんな彼女の信条を抑え込む程、抗しがたい想いに支配されていた。普段の冷静な時であればそれが嫉妬というものなのだとすぐに分かった事なのだが、この時は完全に感情に流されていた。
そんな彼女の口調と態度にシンジが驚いた表情をしたが、ややあって彼も険しい顔つきになってアスカに問いかけた。

「どうしてさ?何で綾波を呼んじゃ駄目なんだよ?」

「どうしてって…。」

やや厳しい彼の口調に、アスカは少しだけ怯んだ。しかし、それはすぐに感情の波に流される。

「…じゃあ、あんたは?何でそこまであの子を気遣うの?」

「えっ?」

「何でそんなに構うのよ?」

「それは…。」

シンジは何か言いかけた。しかし、それより前に彼が何を言ってくるのか、アスカには分かっていた。
そう、こういう時には必ず言う、彼女を諌める為のいつもの常套句だ。

「…もういいっ!私の誕生日なんか、どうでもいいわ!ばかぁっ!!!」

そう叫び、アスカは手に持っていた鞄を振り上げてシンジの腕に叩きつけた。
シンジはいきなりの事に目を剥いた。
しかし、アスカは驚いている彼の事など構わずにそのまま踵を返して駆け出した。

家まで一気に走って帰ってきたアスカはそのまま玄関のドアを勢いよく閉めた。
今、家の中には自分以外誰も居ない。ある意味幸いだった。こんな状態では誰にも会いたくない。アスカは自分の部屋へ駆け込んだ。そして手に持っていた鞄を部屋の隅に放り出し、そのままベッドの上に身を投げ出した。呼吸が落ち着くまで仰向けになって寝転がっていたが、それと同じくらい頭の中で色々な考えや感情が乱れていた。まるでそれが自分自身を押し潰そうとしているようで、アスカは堪らなくなってシーツの端を掴みながら枕に顔を埋めた。気持ちも考えも何もかも整理が付かない。シンジに不味い事を言ったのは確かだが、それ以外は何をどうすればいいのか判らなくなっていた。アスカはなるべく冷静になるように勤め、そしてどうすればいいか考える。

シンジに謝る…。
だが、何に対して謝る?レイを除け者にしようとした事を?
それを言うなら、自分を顧みないシンジも同じようなものなのではないのか?

シンジがレイを誘う事を受け入れる…。
そんな事が出来たらこんなに思いつめたり悩んだりしなかった。
結局の所、常にレイを気遣うシンジに彼女が悋気しているだけなのだが、それが自分自身で分かっていても、彼女にはどうすることも出来なかった。

気持ちを持て余したまま、アスカはどうしようもなくなって暫らく枕に顔を俯していたが、急に携帯から着信を知らせる音が聞こえてきた。その音にアスカは一瞬身体をわななかせ、顔を上げた。

 シンジから…?

着信音は確かに彼の携帯からのものだ。あんな事を言った手前、とても出られない。何よりも、自分自身が取り乱しそうで怖かった。でも、シンジの方から掛けて来た電話だ。出たい気持ちもある。
アスカは少しの間迷ったが、結局携帯を手に取るとボタンを押して電話に出た。

「もしもし、アスカ?」

シンジの声が聞こえてきた。アスカは極力冷静で居ようと勤める。

「…何?」

なんとか搾り出した声は冷静というよりも、とてもそっけない返事。
アスカはそう思いながらも、これ以上の返答の仕方を思い浮かばない。
気持ちが平静で無い時に冷静でいようとするとこんな調子になってしまう。

「あの…さ、今日一緒に予約しに行こうとしたやつ…なんだけど…?」

「……それで?」

「予約、入れておいたんだ。クリスマスと、アスカの誕生日の分なんだけど…。」

「へぇ…。」

「………その、もしよければ…。」

そこでシンジは言葉を詰まらせた。アスカのそっけない返事にそれ以上は言いにくくなったらしい。
アスカの方も正直、返答に困っていた。
ケーキを予約してくれたのはいいが、何か、彼に無理強いさせたような感じがしたのが後ろめたい。
しばらく二人の間で嫌な沈黙が続いたが、意を決して彼女の方から声を掛けた。

「…私の言った事なら気にしないでよ。あんたに無理して我がまま聞いてもらうの、悪いし。」

「…いや。我がままなんて思ってないよ。アスカって誕生日ずっとやってなかったし…。
 クリスマスにみんなで集ればいいし、その、誕生日は…二人で…。」

 二人…?

一瞬シンジが何を言っているのか判らなかった。二人でってどういう意味なんだろう?
聞いちゃまずいと思いつつ、アスカは彼に問いかけてみる。

「それ、どういう意味?」

「えっ…?」

「二人で、ってさ…?」

「えっと…。 あ、とにかくいいかな?それで?」

あからさまにはぐらかしてきた。
アスカはそれでピンと来た。そっか、そうなんだ…。
嬉しさもあったが何よりシンジのあまりにもの判り易さに、アスカは少し笑いが込み上げてきた。

「ぶっ…!」

「え…?」

「べ…別にそれで良いわよ。ほんっと、あんたって判り易過ぎ!」

「な、何だよ? 今の笑い、何なんだよっ?!」

シンジは憤慨して見せたがアスカは笑いが止まらない。
シンジの判り易さも笑えてくるが、何か真剣に悩んでいた自分にも笑えてくる。
何よりシンジの優しさが嬉しくて照れ臭い。

「別に何でも無いわよ…。ふふっ! クリスマスと誕生日、楽しみにしてるわ!」

「ちょっ…ちょっと、アスカっ!」

「…ありがとね、シンジ。」

「え…?」

「何でもないっ! じゃあねっ!」

そう言ってアスカは一方的に携帯の通話ボタンを切った。
そのまま携帯を机の上に放り出し、ベッドの上にゴロンと転がる。

 シンジと二人っきり…。

そう思うと、再び笑いが込み上げてくる。アスカはそれに堪えるように枕を抱きしめる。先ほどとは雲泥の差。気持ちはふわふわと浮ついて空に舞い上がったような感じがした。

 誕生日、楽しみだな…。

浮ついた気持ちのまま、その日を夢見てアスカは一人密かに笑みを浮かべていた。

「おっはよっ!」

次の朝、アスカはシンジの玄関先で元気良く顔を出した。
昨日の今日でこんな感じで浮かれて嬉しそうなしているのも馬鹿に見えるのではないかと自分でも思うが、やはり嬉しいものは嬉しい。いつもより元気よくなってしまう。
少し経って、玄関先からシンジが出てきた。しかし、何故かその顔つきは仏頂面だ。

「おはよう…。」

「…何よ、朝から何辛気臭い顔してんのよ?」

「…別に…。」

「感じ悪いわねぇ~。」

「だって昨日、アスカが笑うから…!」

「あぁ~っ!あれは…悪気は無いの!ごめんっ!」

アスカは慌てて謝る。
いつもの彼女なら彼がこんな態度を取ると煽りあっていそうなところなのだが、とにかく今日はご機嫌で何があっても赦せそうな気がした。そんな調子だからいつもしないような事もしてしまう。うっかり彼の手を掴み、引っ張る。

「えっ…?」

「行こう、シンジっ!あの子のところに寄るんでしょ?」

「う…うん…。」

シンジが手を握られていたせいか、真っ赤な顔をした。
しかし、はしゃいでいた彼女はそのまま前を向いて先を急ごうとしていたのでそれに気が付かないでいた。そのまま赤面のシンジを引っ張りながらレイの家へと向かった。

「あ、綾波~?学校行くよ~?」

アスカに引っ張られ、レイの家の玄関先まで来たシンジは妙に上擦ったような声を出して彼女を呼んだ。
レイが相変わらずの無愛想な顔で出てきたのだが、二人の姿を見た途端に少し驚いたような顔をする。アスカがシンジの手を握ったまま居たのを見てしまったようだ。レイの様子に気が付いた二人は慌てて互いの手を振りほどいた。
しかし、レイはすぐにいつもの表情に戻る。

「…行きましょう。」

レイは特に二人の仲を気にする様子など無いように淡々とした口調で言った。

誕生日当日、アスカはシンジの玄関先までいつも通り迎えに来ていた。
特に二人の仲が極端に変ったというわけでもなかったが、シンジが電話をかけてきた日からというもの、自分と彼との関係が変ったような気がしてこの一ヶ月の間、前のような僻んだような嫌な感覚に捕らわれる事はなかった。
ただ、最近レイの方は体調が悪いのか、今月に入ってから3回は休んで、2回は早退していた。今日も二人でレイを向かえに行ったのだが、レイは体調が悪いから休むと彼女の母に言われ、二人はそれぞれ顔を見合わせながら学校へと向かった。

この日、学校は午前中のみで終了だった。
昨夜、携帯でシンジと話していた時、誕生日のお祝いは午後14時頃と彼は言ってきた。
学校終ってからすぐにでもすればいいのにとアスカは言ったのだが、用事があるからと言ってシンジはどうしても遅らせて欲しいと彼女に頼み込んだ。一体、何の用事なのかとアスカは疑問に思ったが、シンジはなかなかそれを話したがらない。
仕方が無いので14時までの間、手持ち無沙汰な間に自分がケーキを取りに行くからとっとと用事を済ませてくるようにシンジに言った。

学校が終ってアスカはそのまま、店に予約注文をしたケーキを取りに町の繁華街まで出た。
アスカはこの日の為に洋服やらなにやら色々と取り揃えていたのだが、それをどう着ようか頭が一杯になっていた。
服を買う時、あんまり熱心に選ぶものだから一緒に付き合った友人のヒカリには「碇君とデート?」と言ってからかった。デートというわけでも無かったが、当たらずとも遠からず、二人っきりなのは確かだったのでアスカは笑って誤魔化した。彼女はその時の事を思い出して笑い出しそうになってしまった。
店の前まで来た時、窓に映った自分の顔が妙にニヤついていたのを見て、アスカは慌てて表情を引き締めた。

家に帰ってから時計を何度も見ながらつまみやら飲み物やらを準備する。
ヒカリと一緒に買った服や持っていたアクセサリーをとっかえひっかえしては鏡をチェック。どうも鏡に映る自分の顔がニヤけているのが不気味で仕方が無い。浮かれているのはいいが、表情が気持ち悪すぎる。アスカは表情を引き締める為に自分の頬を引っ張る。

居間のテーブルの上にケーキを乗せて、ティーカップとケーキ皿を二客ずつ置く。そしてセッテングが良いか、アスカは少し後ろに下がってテーブルの上を眺めた。向かい合わせに置かれた食器、それを眺めている内に、アスカは首を捻る。向かい合わせより隣り合わせの方が良さそうに見える。テーブルの上に乗っている食器の位置を変える。そしてまた首を捻った。テーブルマナー的には向かい合わせの方が良さそうに見える。あれこれと並べ替えをしている合間に、チラリと時計を眺める。
13時35分。少し時間が差し迫った事に気が付いて慌てて食器を弄るのを止めて、座り込む。
テーブルの中央にはケーキが置かれている。
シンジが買ってくれたケーキ。
苺が艶々していて赤い。自分の髪よりも濃い赤だが、それが白いクリームの上に乗っているのがうさぎの目のように見えて可愛い。ケーキに向かって可愛いと思う自分が妙に可笑しくなった。浮かれた気分になると何でもおかしなように見えてしまう。

時計を再び確認する。
13時40分、そろそろシンジがやって来てもおかしくない時刻だ。
しばらく居間のテーブルに頬をついて時計を見ながら待つ。

14時00分。シンジはまだ来ない。
一瞬、携帯電話を手に取りそうになったがアスカは思い留まる。
時間ぴったりで電話をかけるのはまだ早すぎる。後で嫌味の一つでも言おう。
アスカは頬をついいたまま、時計を見続けた。

約束の時間から三十分ほど経ってから、アスカの携帯が鳴り響いた。
着信音ですぐにシンジと判った。
不安に駆られ始めていたアスカは慌てて携帯の通話ボタンを押した。
そして携帯に向かって文句を言ってやろうと声を荒げた。

「…もしもし、シンジっ?!」

「ごめん、アスカ。連絡遅れちゃって。」

「ちょっと!あんた、何時だと思ってんの?」

「ごめん。病院の中だったし、少しごたついててすぐに電話かけられなかったんだ。」

シンジの言葉に、アスカの中で急激に不安が膨れ上がる。

「病院…?何で病院なんかに…?」

「あの、綾波が緊急入院する事になって、親戚中が慌しくなっちゃって…。
 ごめん…。もしかしたら今日、行けないかもしれない…。 本当、ごめんね。アスカ。」

 また、あの子が…。

アスカが眉を顰め、眉間に深い皺を寄せる。
彼女は駄々をこねて今すぐシンジにここに来るように言いたくなった。しかし、それではあまりに幼稚過ぎる。そもそも今日お祝いするという事自体が子供じみていたから何も言えない。
アスカは暫らくの間押し黙っていたが、かすれるような声を出して言った。

「…今日…。」

「え?」

「もし、来れたら…来てくれる?」

自分の声が悲痛な響きになっていたのは分かっていたが、それでも言わないでいられない。

「来れたら来てよ、ね?」

「…うん…。」

シンジは沈んだ声で返事をした。

「…じゃあ、切るよ? ごめんね、アスカ。」

そう言ってシンジは携帯の通話を切った。

シンジの声は、もう彼が今日は来られない事を十分悟らせていた。
それでもアスカは彼が来てくれる事を願って、膝を抱えてじっと待ち続けた。

どれだけの時間が経ったのだろう? アスカは無表情にケーキを見つめていた。
苺は何時間も暖房の風に当てられ、最初に見た時のような艶やかさは失い、表面に皺をよせ始めている。生クリームも同じように乾燥し始めているように見えた。多分、これを食べてもあまり美味しくはないだろう。

膝を抱え込んだまま、何時間もアスカはこうしていた。
約束の時間なんてとうの昔に過ぎていたし、来られない事も分かりきっていたのにも関わらず、シンジが来るのをずっと待っていた。待っていればもしかしたら来るのではないのかと淡い望みを抱いたままずっと。

ふと、時間が気になって時計を見てみた。
21時半、いつも帰りの遅い母がそろそろ帰宅する時刻。
結局シンジから電話は掛かって来なかった。時間的にも、今からではもう無理だ。
アスカはテーブルの上のケーキを見た。干乾びたような苺と生クリーム。
アスカの中にやるせなさが過ぎる。馬鹿みたいにはしゃいで、無駄に待ち続けた自分が惨めに思えて仕方無かった。そんな自分がどうしようもなく腹立だしい。そんな思いが積もり積もったものを触発し、彼女を激しく苛立たせた。

アスカは目の前のケーキを睨んだ。
立ち上がってケーキを皿ごと引っ掴んでキッチンの方へ向かう。
流し台の横に置かれていた生ゴミ入れの蓋を開け、それを勢いよく放り込んだ。

アスカは他の生ゴミと一緒になって潰れたケーキを上から見下ろす。
勢いに任せて捨てたケーキ。
それを見ている内に、彼女の中の苛立ちが急速に冷めていった。

アスカは誰に言うわけでもなく、呟く。

「シンジが買ってくれたケーキ。何で捨てちゃったんだろ?
 …何やってるのかな、私?」

呆然と立ち尽くしたまま、アスカは潰れたケーキを見つめていた。
気が付くと、彼女の目から涙が零れた。

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初出: 2005/11/14
Author: AzusaYumi