…リツコさんにプラグスーツを渡された。
…マグマにエヴァで潜る為の耐熱仕様のプラグスーツらしいけど…
いつもと変わらないじゃない。
「右のスイッチを押してみて」
メリメリメリメリ…
「~~~いやぁぁ! 何よこれぇ~~!!」
まあるい風船のように膨れ上がった私のプラグスーツ…はっきりいってカッコ悪い…。
一昔前のコメディアンの寸劇でもあるまいし…。
でもリツコさんの口調はいたって平然。
そして巨大ハンガーが吊るされたケージに行ってみれば弐号機の装備が…。
「耐熱耐圧耐核防護服、局地戦用のD型装備よ。」
リツコさんは淡々と語った。
私はあまりにあんまりな装備に愕然とした。
一昔前の冒険小説とか、SF小説とかに出てきそうな潜水服っぽいのを着込んだ弐号機…その姿はまるで何かのぬいぐるみ…。
サイテー。
これを見ていたシンジとファーストは通常のプラグスーツを着て…。
リツコさん同様、まったく動じてない普通の平然とした表情。
…むしろ笑ってくれるか、驚いてくれるかしてくれた方がマシだ…。
ついさっきまで緊迫した会話がされてたのに…まるでバカな喜劇でも演じに行くようなモンじゃない…
…張り切って「私が行くわよ!!」なんて言うんじゃなかった。
私の心は早くも戦意が喪失しかけていた…。
浅間山まで私たちチルドレンが乗るエヴァ三機は全翼の長距離輸送機に空輸されて運ばれた。
空輸される途中でファーストが通信で「無理をしないで。」と、声をかけてきた。
ファーストが人に気を使うなんて珍しい。いや、もう珍しくないかな。お礼を言ったり、私とシンジとの仲を気にしたりしてるし。
…変わってきてるのかな、アイツ。
そんな事を考えている間に輸送機は浅間山火口付近に到着した。
かなり短時間で到着したけど第3新東京市からそんなに離れているわけじゃないからこのくらいの時間で当然か。
そして現地では通信のみで作戦のおさらい。
浅間山火口内に沈降して使徒の捕獲を担当するのは私と弐号機。
バックアップにシンジと初号機。
そして万が一の為に零号機も待機。
…作戦担当するのは私の弐号機のみのはずなのに三機出動…。
シンジの初号機はテストタイプだけど実戦用に作られているからバックアップという意味で納得いけるけど、ファーストの零号機はプロトタイプ…実戦向きじゃないはずなの今回の作戦で出撃…か。
一応装甲のカラーリングをプロトタイプのオレンジから青に変更してあるあたりは実戦向きに改装したって意味だろうけど…。
「ミサト、バックアップは初号機だけで十分でしょ。 なんで零号機も出撃なの?」
一応、ミサトに声をかけて尋ねてみた。
「さっき作戦伝達で言ったでしょう? …万が一の事態の為よ。」
「万が一の為って、私が作戦に失敗した時の?」
……。
ミサトは私のこの質問に答えなかった。
代わりに答えた言葉は、「碇司令の命令よ」だった。
そんなミサトとのやり取りをしていたら浅間山の上空から爆音が聞こえてきた。
エントリープラグの中のモニターから上空を見上げたら…。戦闘機? モニターの倍率とレーダーの精度を上げないと、何処のどの機種か分からないけど…。
「上に飛んでいるの、何ですか?」
シンジが不意に通信で誰とはなしに尋ねた。アイツも不思議に思ったのね…。
「UNの空軍が空中待機してるの。」
リツコさんが淡々と答えた。
「…何のため?」
何か腑に落ちないので私は通信でリツコさんに向かって尋ねた。
「…後始末よ。私達が失敗した時のね。」
「…それってどういう事なの?」
私は尋ねた。するとまるで何ともないとばかりに軽くリツコさんが答えた。
「使徒をN2爆雷で熱処理するのよ。 …私達ごとね。」
…ミサトがさっき言葉を濁したのがなんとなく分かった。
失敗したら使徒ごと消されるってコトか…。
私はむしょうに腹が立ってきた。
多分、使徒を捕獲…いえ、もしも途中で暴れだしたりした時とかに殲滅に失敗したらあのUNの空軍がN2爆雷で爆撃…それでも倒せなかったらシンジの初号機か、ファーストの零号機で多分後始末するんだ。
こういう事を考えそうなのは…ミサトじゃないわね。ミサトもモニター用の車両に居るからいくら"犠牲を厭わない軍人"でもN2爆雷なんか落とされたら巻き添え食って一巻の終わりだもの。考えなさそうね。
使徒に負けたらサードインパクト…あの15年前の悲劇と同じ事になるって話は聞いてて知ってるけど、徹底的に味方の犠牲を平気で行えそうなのは…。
「そんな命令を…誰がするんですか!?」
シンジが珍しく憤慨したような口調で尋ねた。
それに対して答えたのは話をしていたリツコさんでなくファーストだった。
「…碇司令よ…。」
これを聞いたシンジはこの言葉に聞き返したりしなかった。
そして私はこの時ファーストがなんらかの命令を受けて出撃したのに気が付いた。
進路確保のレーザーが照射された。
「レーザー、作業終了。」
「進路確保。」
「D型装備異常無し」
モニターのオペレーターの声が通信回線から聞こえた。
私が乗ったD型装備の弐号機が冷却液のパイプに吊るされてクレーンから火口の真上に来る。
「弐号機、発進位置。」
日向さんの声が聞こえた。準備は整った。
そしてミサトが出撃の号令を出す。
「―発進。」
クレーンからゆっくりと火口内に下ろされていく私と弐号機。
見るからに熱そう…。
…なんて、怯んでいる場合じゃないわ。
なんだかさっきのやり取りと溶岩の熱さで少し気が滅入った感じになったけど…、
「見て見て、ファースト!シンジ!!」
「え?」
シンジが素っ頓狂な声を上げた。
「ジャイアント・ストロング・エントリー!!」
私はそう言いながらスクーバでの飛び込みのような感覚で弐号機を開脚させて溶岩内に入っていった。
沈降速度20。特に弐号機各部問題無し。
しかし…溶岩内はオレンジのような、黄色のような光に包まれていて目にまぶしい。これでもダイレクトに溶岩内の映像は見れないようにモニターの照度はオートでかなり落ちているはずだけど…。それにしても何も見えない。
「―何も分からないわ。CTモニターに切り替えます。」
モニターの切り替わる音が聞こえる。
…明るい映像から、かなり暗い映像に切り替わった。周りが壁か何かに囲まれたような感じ。さっきよりは見やすくなったけど…それでも透明度120…ひどい視界ね。
これでもこのCTの精度ってシンジやファーストなら素っ裸どころか骨の組織からお腹の中の血管の状態までくっきりカラーで丸見えのハズなんだけどな…。溶岩なだけにCTの透過が落ちるほど余計な物質が多いんだ…。
…なんてくだらない事を考えている場合じゃないわ。
「深度400、450、500、550、600、650」
モニターしているマヤさんの声が聞こえる。
「900、950、1000、1020。限界深度オーバー」
この時点でミサトが私に声をかけてきた。
「アスカ、何か見える?」
…さっきからソナーで走査してたけど何も返って来ない。それどころか余計な情報が返ってきていた。水の中とワケが違うか…。私はレーダーで再度周りを走査した。
反応は…ゼロ。
「反応無し、モニターにも何も映らないわ。」
私がそう報告すると通信からリツコさんの声が返ってきた。
「予測よりも対流が早いようね。 目標の移動に誤差が生じているわ。」
それを通信で聞いていたと思われるミサトが私と他の周りの人に指示をした。
「再計算、急いで。 作戦続行。再度沈降よろしく。」
へぇ、まだ潜るっての? 結構無茶を言うわね。
私はそう思いながらも機器やエヴァにはこれと言った問題は出てない事からまだ行けそうな気がしたので黙ってミサトの指示に従った。
「深度、1350、1400…」
パシン!!
私のまわりで何かの破砕音が鈍く低く響いた。
「循環パイプに亀裂発生」
オペレーターがモニターの結果を報告する。
「深度1480、限界深度、オーバー」
とうとう限界深度まで来た。でもレーダーでも肉眼でも何も捕捉してない。
ミサトは静かに言った。
「目標とまだ接触してないわ…。
続けて。」
この女、かなり無理言うわね…。さすがにちょっと引いたわ…。
私が顔をしかめそうになったところでミサトが私に話しかけてきた。
「アスカ、どう?まだ行ける?」
「…まだ持ちそうな気はするわ。
…ってゆーかさ。
こんなのさっさと終らせてシャワーでも浴びさせてよ。」
「近くにいい温泉があるわ。 …終ったら行きましょう」
「…ミサトのオゴリね。」
私は軽口を叩いた。正直、ギリギリの状況でこういう事を言わないと気持的に余裕が出来ない…。
パシッ!!
また何かの破砕音…。「エヴァ弐号機プログナイフ喪失」というモニターするオペレーターの声が聞こえた。
レーダーで周りを走査する。まだ反応無し。
エントリープラグの周りから軋むような音が聞こえる…。
…さすがに焦ってきたわ…でもここまで来てさすがに引けない…。
「アスカ…大丈夫?」
通信が入った。シンジの声だ。
…その声はなんだか不安げでかなり頼りない。正直焦りが増す声だ。
「そんな声で話しかけないでよ! 焦るじゃない!!」
「ごめん…」
すかさず謝罪の言葉…コイツ、全然懲りてないわ。
私は熱さとシンジの言葉にイライラしてきた。
そういえばプラグスーツは溶岩内に入る前よりも膨れてきたような感じで妙に暑苦しい。
プラグスーツの中に詰められた空気のそのまた回りの、素材と素材の間の冷却液が暖められたLCLと私の体温のせいで体積が増したんだわ。
シャルルの法則だっけ…??
…って…んな簡単に体積が増えるモンでもないか…
多分、風船みたいになったプラグスーツの中に熱気が篭って汗が気化して体積が増えたってところかしら?
苦しいところにさらに暑苦しくなるわね!!
「…っもう!!たかだか体積が増えたってだけなのに!!
大体熱膨張なんて今時古いのよ!!」
私は思わず独り言を叫ぶように言ってしまった。
それを聞いたシンジが、
「えっ?」
と、間抜けで素っ頓狂な声を出した。
私は堪らずにイライラして叫んだ。
「熱膨張! モノはあっためれば膨れるのよ!そのくらい知っておきなさいよね!バカシンジ!!」
「セカンド。 今はそんな事で言い争っている場合じゃないわ…。」
ずっと沈黙を続けていたファーストがなだめるように通信を入れてきた。
過酷な状況下なのにシンジとのくだらないやり取りで任務を忘れそうになっていた私は気を引き締め直してモニターとレーダーを睨んだ。
そのうちマヤさんのモニターしている声が聞こえてきた。
「限界深度、プラス200」
「葛城さん!!」
通信越しに日向さんが悲鳴のような抗議の声を上げる。
「―この作戦の責任者は私です。作戦続行。 続けて。」
ミサトはそう言い放つ。
…まだやるつもりなんだ。ここまで来るとミサトって碇司令と変わらないわ…。
そんなことを考えながらもう引くに引けない状況に陥っていた私は黙ってそのまま沈降を続けながらまわりをレーダーで走査した。
深度1780…目標予測修正地点に到着…。
…と、突然レーダーに反応、警告音が鳴る。
―使徒だわ。
目標発見のアラートが鳴る。
エントリープラグのモニターに巨大な繭のような影が映る。
「目標を映像で確認。」
日向さんがさっきとはうって変わって冷静に結果を通信で報告する。
ミサトがすかさず私に指示を出す。
「捕獲準備。」
私は電磁柵のアームを伸ばし、目標に合わせて長さ、位置を調整する。
「…相対速度2.2。軸線に乗ったわ…。
電磁柵展開!!」
そのまま使徒を電磁柵…キャッチャーで捕捉、六面の四角形の電磁柵が展開して目標をキャッチする…。
成功…?
ビーッビーッビーッ!!
と、使徒を捕捉した途端に別の警告音が鳴る。
私の目の前で捕獲した使徒が形状を変え始めた。
「な…何よ、これぇっ!?」
私は思わず叫んだ。
見る見るうちにキャッチャーの中の使徒は形状を変えていく。
「まずいわ…。孵化を始めたのよ!!」
リツコさんが叫ぶ。
キャッチャーの中の使徒はどんどん形状を変えて手のようなモノを伸ばしキャッチャーに展開している電磁膜を突き破ろうとしている。
―このままではキャッチャーが持たない!!
「捕獲作戦は中止! キャッチャーを破棄!弐号機は撤収作業をしつつ戦闘準備!!」
ミサトが命令を出す。
私はキャッチャーのジョイント部分に仕込まれた起爆装置を働かせた。ジョイント部分が爆破してキャッチャーがバラバラの棒状になって火口の下へと沈んでいく。
そして使徒は――ほとんど形を変えてしまって…まるで古代生物のなんかみたいな形態になってキャッチャーがあった場所からすごいスピードで溶岩内を泳ぎ始めた。
そして反転して正面から弐号機に…私の方に向かってくる!!
私はプログナイフを装備しようとレバーを引くけど…
「最低っ!!さっきプログナイフ落としたんだ!!」
使徒は私の正面に向かって迫ってくる!
これは避けるしかないわ!
「バラスト放出!!」
私は弐号機の動きを安定させる為に取り付けられていたバラストをベルトごと切り離した。
一瞬、浮力と溶岩の流れで弐号機が浮上して直進してくる使徒の攻撃を回避することが出来た。
しかし、そのまま使徒は周りを大きく旋回して――そして目標喪失――。
モニターにもレーダーにも反応が無くなった。
まずい…。
「アスカ!!今から僕のプログナイフ落とすから受け取って!!」
シンジから叫ぶような声で通信が入った。
とりあえず武器が来るか…シンジにしては気が利くわね!!
…と、その直後、再びシンジが通信越しに叫んだ。
「な…!?綾波!?」
な…何??何なの?!
通信で日向さんの声が響いた。
「零号機、火口内に飛び込みました!!」
…え?!
零号機?!ファースト?!
私が混乱している間に警告のアラートが鳴り響いた。
突然モニターに巨大な影…使徒!?
「やばい!!」
私は上を見上げてシンジが落としたと言ったプログナイフを探した。
…まだ落ちてきてないの!?
「ちょっと!!まだなのっ!?シンジぃっ!!」
私は正面を向き直った。そしたら…使徒が大口開けて迫ってる!?
き…気持ち悪い!!
私は再び上を向いた。あ、プログナイフが見えたわ!!
…と、同時に使徒がそのまま弐号機に噛み付いてきた。
「このぉ!!」
私は落ちてきた初号機のプログナイフを受け取って鞘を鍔の部分に仕込まれた火薬で爆破させて飛ばして使徒に切りつけた。でも使徒の外郭は火花を散らすだけで破れない。
「…うっっ!!」
…突然私の左足に痛みが走った。
使徒の手のようなモノが弐号機の左脚を掴んで握りつぶそうとしている。
まずいわ!!
「耐熱処理!!」
私は弐号機の左脚についている爆破ボルトで切り離した。
一瞬鋭いような鈍いような痛みが私の体に走る。
私はプログナイフで使徒の頭部らしい所を殴った。
…まったく傷つかない!!
A.T.フィールドは中和しているハズなのになんて硬い外殻なの!!
「高温高圧の極限状態に耐えてるのよ。プログナイフじゃ無理よ!!」
リツコさんが通信越しに叫んだ。
「じゃあどうしろってぇの!?」
私は思わず叫んだ。
ドン!!
その時突然弐号機に上から何かがぶつかる衝撃を感じた。
そのままその衝撃の主は使徒に向かってプログナイフを突き入れようとする。
…零号機??ファースト!?
ファーストは零号機でプログナイフを使徒に突き立てながら、片手は冷却パイプに掴まっているようだ。ファーストはらしくない大声で私に言った。
「セカンド!!さっきの…!!」
…一瞬何を言っているのか分からなかった。
ファーストはナイフを突き立てながら再び言った。
「…熱膨張…!!」
…そっか!!熱膨張か!!
私は使徒に叩きつけていたプログナイフの刃先を弐号機の左腕に切りつけて冷却パイプを切断した。
冷却液が噴出して気化したような気泡を出す。
それを使徒の口にねじり込んで叫んだ。
「冷却液の圧力を3番に回して!!はやくっっ!!」
弐号機のプラグ内の冷却液のバイプのモニターの1.2.3.4.5の表示のうち、3だけが点滅して他が消える。
途端に使徒は膨れ上がり、バタバタとのたうち始めた。そしてファーストがのたうつ使徒にプログナイフで強く深く一突き攻撃を加えた。
使徒はバタバタと暴れて手のような部分で弐号機の回りを引っ掻き回した。
そして使徒が力尽きて離れていこうとする一瞬…。
バシッ!!
私と弐号機を地上から吊るしていた冷却パイプを一気に引きちぎって裂いた。
あまりに一瞬の出来事でファーストは零号機で掴まっていた冷却パイプのところから、私の弐号機に手を伸ばすのが遅れた。
「セカンド…!!」
ファーストが叫んだ。
私は手を伸ばした。だけど零号機の手と私の弐号機の手はすれ違う…。
…届かない…。
ゆっくりと下へ落ちていこうとする弐号機…。零号機とそんなにまだ離れてないのに私は妙に距離を感じた。
冷却液の供給が途絶えた為にD型装備がどんどん熱でへこみはじめ、D型装備の顔の部分のガラスが割れてヒビが入る。
私の心の中に絶望のような、諦めに似た感情が支配していく…。
「…やだな。ここまでなの?」
私がそう呟いた瞬間――
突然振動が響いた。私は前のめりになって俯しそうになった。
上を見上げたら…
…初号機…シンジ?
「…バカ。無理しちゃって。」
急に私の心の中を支配していたイヤな感情が別の感情に移り変わっていく。
B型装備…通常装備でマグマの中に飛び込んできたファーストとシンジ。
無理もいいところよ…。
私はこの時、この瞬間、多分微笑んでいたと思う。