私が4歳の時、ママが死んだ。
ようやく世界一のパイロットになれたのに。
これでママに見てもらえると思ったのに。
ママがどうやって死んだのかよく覚えてない。いえ、思い出したくない。
ただ単にママは自発的に死んだ、という事実だけを覚えていただけ。
そしてそのママは最後まで私を見てくれなかった。
ママは私じゃないもの…人形をずっと見ていた。
私は人形じゃない! ママ、私はココにいるの!!
どんなに叫んでも、訴えてもママは人形を見続けた。その人形が"わたし"だって…ママはそう思い続けた。
みんなはママがおかしくなったのは何かの実験の事故の為だから仕方ないんだよ、と言った。
けど、それでも私はママに見てもらいたかった。
でも、ママは私を見る事なく死んでしまった。
ママはもう見てくれない。見る事は出来ない。
パパは新しいママにばかり構う。
汚い大人同士の関係。
だからパパは嫌い。
私はどうすればいいのか必死に考えた。
そして…私は泣かないと決めた。
一人で生きると決めた。
ママがもういないならみんなに認めてもらう…。
そう、
"世界一のパイロット"として。
そして"誰よりも優れている者"として。
妥協しそうになっても振り切って、他の追随に決して追い抜かれないように。
…そうすればきっと私を見てくれる。
認められれば見てもらえる。
私はエヴァンゲリオン弐号機専属パイロット。
セカンドチルドレン(2番目の適格者)
惣流・アスカ・ラングレー。
私は誰にも負けられない。
今、私はエヴァとのシンクロテスト中。
エヴァはパイロットと神経を接続して動く。そしてエヴァと神経を接続出来る者…シンクロ出来る人間は私こと、セカンドチルドレン・惣流・アスカ・ラングレーとサードチルドレンの碇シンジ、そして綾波レイ…ファーストチルドレンの3人だけ。
何故この3人しか動かせないのか深い理由は実はよくわかってないけど…とにかく今の所その3人しかエヴァを動かせられない。
まぁ、とにかくシンクロテストは定期的にエヴァと神経を接続して状態を調べるテスト。
私たちパイロットのやる事はエントリープラグの中で瞑想にふけるような感じかな?
心を研ぎすまして余計な事を考えない。
半ば義務、仕事、という感じなのだけど、私はシンクロテストは嫌いではなかった。
…エントリープラグの中にいると、とても落ち着く。
普段は死んでしまったママの事を考えると寂しくていたたまれない気持ちになるのにこの中では不思議とママの事を思い出しても寂しくない。
いえ、まるでママと一緒にいるような感覚。
そんな感覚を覚えながら私はついつい色々な事を考え始めた。
…今日って加持さんうちに来るのかな…?
でも、最近ミサトとよく一緒にいる…好きだったけどあまり会いたくないな…。
ヒカリはどうだろう?
バカ鈴原が好きだって言ってたけどあんなののどこがいいんだろう?
まだシンジの方がマシね。
シンジ。
シンジか。
アイツって最近何考えてるのかな?
一緒に暮らしているのによく分からない…。
ファースト…あいつはシンジに輪をかけて何を考えているのか分からない。
誰も、何もわからない。
周りのヒトが何を考えているかわからない。
そんな彼らに私を認めさせる為にはどうすればいい?
分からないものをどうやって理解する?
「テスト終了よ。3人とも、上がっていいわよ。」
私が目を閉じて考え込んでいる間に私たちをモニターしていた赤木リツコ博士…リツコさんはテスト終了を告げた。
同じくモニターしていたオペレーターのマヤさんが遠隔操作でエントリープラグのハッチを開けた。
私はハッチから外に出て何となくまわりを見渡した。
初号機のエントリープラグの方を見たら横でシンジが半ば呆けたような表情でプラグに体を傾けていた。
「バカシンジ! なによ、ぼーっとしちゃって!」
「ん…別に…。何でもないよ。」
…本当、時々私はシンジの考えている事が分からない。
私が来日した直後に襲来した2体分裂使徒…たしか命名された名が『イスラフェル』だったと思う。あの使徒が現れた時に私とシンジは一度は負けて、あの使徒を倒す為に同調を余儀なくされた。結局、一緒に寝て、起きて、食事して…。そう、一緒に暮らして、それで特訓して、そしてユニゾン…エヴァ二体による同時荷重攻撃をして分裂した使徒に勝った。その時はシンジの考えている事が手に取るように分かったのに最近よく分からなくなってきている。
今でも成り行きで一緒に暮らしているけどやっぱり時々何を考えているのかわからない事が多い。
でも、私はそんな時に限ってシンジが何を考えて、何を思っているのか気になって仕方がなかった。
…別に他人事なのに…。
「あ、そうだ。 アスカ…今日の夕飯は何がいい?」
シンジが急に明るい声を出して言った。
「…別に。 何でもいいわよ。」
とりあえず、さらりと答えておいた。
…一瞬、先程何を考えていたのか追求したい気持ちに駆られたけど、やめた。
どうせ聞いてもシンジにはぐらかされそうだ。
何より今日の夕飯なんかを尋ねたのはさっきの事は聞いて欲しくない為の誤魔化しのように思ったから。
……でも…
この心にぽっかり開いたスキマみたいなモノは何?
そのスキマを埋めたくて何かを求めているのに手に入らない....。
私は何を求めているの?
このスキマを埋めるためにはどうすればいいの?
そして…
私はシンジに何を求めてるの?
『お呼出をいたします。
初号機パイロット、弐号機パイロット及び零号機パイロットは
シンクロテスト後の撤収作業終了次第、赤木博士の研究室まで来て下さい。
繰り返し、お呼出いたします......』
フン!
リツコさんはシンクロテストの結果報告とかいうヤツをするつもりか…。
それにしても"シンクロテスト後の撤収作業"なんてパイロットの私らのやる事なんてプラグスーツ脱いでシャワー浴びて着替えるだけじゃない....。
我ながら悪態をついているな…。と、苦笑しつつ一人ごちて更衣室の方へと向かった。
私たちパイロット…チルドレン3人はリツコさんの研究室に来ていた。
エヴァとのシンクロに関する説明や今日のテスト結果についての話など色々話してもらった。シンジはただバカみたいに真面目に、ファーストは無表情に終始黙って聞いていた。
私はというと…大体が分かり切った事ばかりであくびが出そうだったけどシンクロ率について話をされた時は食い入るように聞いた。
シンジとファーストのシンクロ率はシンジは今の値は低いけど安定していて緩やかであるが上昇傾向。ファーストは常に現状維持との事だった。
そして私は…
「アスカ、あなたのシンクロ…好成績ではあるけど高低差が激しくて安定してないわ。
テスト中に余計な事を考えていたんじゃないの?」
そう言われた。
高低差が激しい…安定していない…か。
テスト中に余計な事…たしかに考えていたわね…。
「ま、とにかく値そのものは悪くないから。
今度からはあまり余計な事は考えないでテストを受けて頂戴。」
「はぁ~い。」
私はバカバカしいほどの良い子の返事をした。
確かに余計な事を考えていたのは確かだから。下らない考えでエヴァとのシンクロ率が下がるなんてバカみたいだし。
リツコさんは一通り話を終えると机の上に置かれていたコーヒーメーカーのポットから、カップの中にコーヒーを注いだ。あ、一息入れるんだ。私もちょっと話聞いてて疲れて来たし…、
「あ、一息入れるんですか?
私、いい子にして話聞いてたんですから私にもブレイク・タイムに一杯下さ~い♪」
と、私は軽く言ってみた。
それを聞いたシンジは、何かものいいでもつけたそうなイヤそうな顔をして言った。
「何だよ…。 アスカだけがいい子にしていたわけじゃないだろ?」
人の言う事をバカ正直に聞くクセして今日に限って生意気にも抗議してきた。
いや、私だから抗議したのかしら?
…そんなハズないか…。
「何よ!!アンタのどこがいい子なのよ?!」
とりあえずいつものように言い返してやった。
そしたらシンジは心底嫌そうな顔をして私に噛み付いてきた。
「そう言うアスカの何処がいい子なんだよ?!」
バカじゃない!!私はいつだっていい子にしてるわよ!!そりゃもう自分でもバカバカしいほど…。
そうしてシンジと口論していたら、リツコさんが呆れ顔で口を挟んできた。
「はいはい、二人とも。
程度の低い争いはやめなさい。」
そう言って棚からカップを二つ取り出した。
ああ、リツコさんに程度が低いなんて言われるなんて心外だわ…。
でも、リツコさんがカップ二つにコーヒーを注いでいるのを見てこれ以上何か言うのはやめた。
そしてリツコさんはカップにコーヒーを注ぎながらファーストに向かって尋ねた。
「レイもいる?」
あ、ファーストって居たんだ。
っていうかコイツって気配感じないわ…黙って突っ立ってるから存在自体忘れかけてたわ。
ファーストの顔を見ると一瞬考えるような顔をしてからこう答えた。
「私は…いいです。」
ファーストはそう言うと、「失礼します」と答えてリツコの研究室から出た。
私はシンジと一緒にいれてもらったコーヒーを飲みながら、
つまんない女…
などと思った。
私とシンジはコーヒーを飲んだ後にリツコさんの研究室を出て家路につくことにした。
私は御手洗に行きたかったから、自販機コーナーに寄ると言ったらシンジは、「夕飯の買い出ししなくちゃ行けないから僕、先に行くね」と言って先にネルフを出ていってしまった。
なんか主婦よね…。そう思いながら私は御手洗を済ませるべく、自販機コーナーへ行った。
そしたら…ファーストが自販機の前の長椅子に座って手に持っている缶をじっと見つめていた。
…ん?ファーストの持ってるあれってコーヒーじゃん?
さっき要らないって言ってたクセして何一人で飲んでるんだろう?
しかもしかめっ面しちゃって…。
その時、私の中に妙な気まぐれが生まれた。
私は急いで用を足してファーストから見えない位置の自販機からミルクティーを2本買った。
そしてずっとうつむき加減でいるファーストに声をかけた。
「ちょっと。アンタこんな所で何してんの?」
ファーストは突然声をかけられて驚いたような表情をして振り向いた。
そして私だと気がつくと気を取り直したような様子になって答えて来た。
「…コーヒーを飲んでいるの。」
「はぁ?
アンタさ、さっきリツコさんがコーヒーいるかどうか尋ねた時に『いらない』って
答えたクセに缶コーヒー買って飲んでんの?」
「…私、飲んだ事なかったもの。」
ファーストはそう言って一呼吸置いてから言った。
「……でも、おいしくないわ。」
ファーストはそう言い終えると床をじっと見つめた。
ふーん、誘われて上手く溶け込めずに一人で飲んでたわけだ。
でも、あからさまにそれを言うのも可哀想なので一応、フォローを入れる事にした。
「ふーん、アンタってコーヒー好きじゃないんだ。」
ま、集団行動なんか出来なさそうな感じだものね。
そして気まぐれで買った2本のミルクティーのうちの一本を差し出した。
「……? 何?これ?」
「ミルクティーよ。 アンタにあげるわ。」
そう言ってミルクティーの缶をファーストに押し付けた。
ファーストは渡されたミルクティーの缶をじっと見つめた。
「…何よ、アンタ。飲まないの?」
「…飲めばいいの?」
…つくづくボキャブラリーが貧弱というか、付き合いが悪いというか…
とにかくどこか外している感じだ。
「はぁ?アンタバカァ?
せっかくこの私があげたんだからありがたく貰って飲めばいいのよ。」
少しきつめの口調で言ってやった。そして私は残った方のミルクティーのプルタブを開けてグィっと飲んだ。
それを見たファーストも渡したミルクティーの缶のプルタプを開けて一口飲んだ。
「…甘い…。」
「そりゃそうよ。無糖なんかじゃないミルクティーだもん。」
強気で言ってやった。
そしたらファーストが、ほんの少し穏やかな顔をした。
「…でも…コーヒーよりおいしいわ。」
…へぇ、無口な人形女だと思ってたけど、ファーストってあんな顔する事あるんだ…。
私は初めて見るファーストの穏やかな顔に少し驚いた。
「そぉ?
ま、アンタにはコーヒーよりもミルクティーの方が合うってことかしらね?
でもコーヒーも一人で飲むよりみんなと飲めばおいしいわよ?」
…ファーストの表情に少し気の緩んだ私は普段は言わないような感じの事を口走った。
それを聞いたファーストはしばらくぼーっとしていた。
…あ、妙な事言っちゃったかしら??
…って…、これも人形みたいなファーストが妙な表情するからよ!!
「…ちょっと、ファースト! 何ボケボケってしてんの??」
「…いいえ、何でもないわ。」
ファーストはそう言い終えると一息ついてこう言った。
「これ…ありがとう。 とても嬉しかったわ。」
「ちょっ…!! な…なに言ってんのよ!」
ファーストは急に気恥ずかしい事を言ったので私は少し動揺した。
…でも…、悪い気はしない。
もしかしたらコイツっていい奴じゃないかな?
と、この時思った。
Episode 1 END