303号室のベッドの上で彼女は眠っていた。
見舞いに訪れる者は特になく、ただひたすら死んだように眠っているだけ。
彼女の腕には針が差し込まれ、そこから伸びているカテーテルの先には薬液の袋が吊るされていた。
薬液は、管からは絶える事無く彼女の体内へと注がれ続けていた。
彼女は目を覚ます事があったが、虚ろにぼんやりしているだけで、まるで生きているのか死んでいるのか判らない。
目に映るものに対して知覚している様子は無く、感情の起伏をほとんど表さない。
それも、薬が効いている状態での事だ。切れれば何かに怯え、怒り、泣き叫び、悲鳴を上げて感情を顕にする。
それも暫くすれば聞きつけた医師や看護師に取り押さえられ、再び薬を打たれれば、大人しくなる。
再び表情は無くなり、虚ろにぼんやりとなって死んだように眠り続ける。
そんな彼女の元へ、通い詰める者がいた。
彼はかつて、彼女と共に暮らしていた少年。
彼は眠り続ける彼女を、生き疲れたような目でじっと見ていた。
そう、自分達は生かされているだけ。
死んだように眠る彼女と生き疲れたような少年にとって、この生に何の意味も見出せない。
シンジは303号室の病室のベッドの上で眠っている少女の傍らでじっと立っていた。
直属の上司であり、彼と少女の監督保護者であるミサトは補完計画の開始までそれほどの時間はないと言っていた。一体何が起こるのか、シンジにはよく判らなかった。補完計画というものも良く判らないし、何よりもここで行われている事全てが不可解だった。彼がエヴァという名のヒト型の兵器に乗って戦うというのも、自分に適性があって、単純に"使徒"という名の巨大なモノが襲来するのを防ぐ為程度の認識しかなかった。使徒がやって来ると色々な人が傷つき、都市が被害に遭うから。それを防ぐ為に戦う、そんな程度だ。
そう、シンジは巨大な汎用ヒト型決戦兵器のパイロット。そして、目の前で眠っている少女も。
彼らは若干14歳で生死を分かつ戦いの中に放り込まれた。戦いにおいて死んだ者も何人も居た。シンジの友人も、パイロットとしてエヴァに搭乗し、死んだ。彼とベッドの上で眠っている少女、アスカは、その中で生き残った者だった。
ただ、アスカの場合はシンジとは少し違っていた。
彼女はシンジと同じ、エヴァに搭乗して使徒と戦う"チルドレン"だったが、その中でも最も優秀な者だった。しかし、彼女は病院のベッドの上でひたすら眠りを貪り、外部との一切の接触を絶っている。単純に精神に不調をきたしている…と判別する事も出来たが、戦いの最中に起った事と彼女自身の性格やそれまでの過去を振り返ればそのような単純な結論付けはあまりに安易だ。
少なくとも彼女の傍らに立っている少年、碇シンジにとってはそうだ。
シンジはアスカと一緒に暮らしていた。一年にも満たない同居だったけれど、シンジにとって彼女がこのような状態になったのが今でも判らなかった。所詮、そう簡単に他人の事は判らないということだろう。大概の人が使徒との戦いにおいての精神汚染が原因だと言っていたが、以前から彼女は不調を訴えていた。いや、当の本人はそう言ってはなかったが、明らかに様子がおかしくなっていたのは確かだ。
それに対してシンジは何かをする事は無かった。
シンジは目の前の少女をじっと見つめたまま突っ立っていたが、その肩を掴み、生きているのを確認するかのように揺さぶる。息はしている。でも、揺さぶってもまるで反応しない。ただ横たわったまま肩で息をし、ひたすら眠り続けている。シンジは諦めて、ベッドの横のパイプ椅子に坐る。
アスカは戦役の途中で行方をくらました。彼女はシンクロ率低下が目立ち始めてから、友人の家に泊まるなどしてまともに家に帰らなかった。そのせいか、単なる家出だろうとシンジも最初は高を括っていた。何日かしたら帰って来ると思っていたが、彼女は帰って来なかった。後に諜報部に発見された時にアスカは酷く衰弱していて、家へは帰らずそのまま病院へと搬送された。シンジが彼女と再会したのは、この病室の中だった。もうその時には眠り続けるだけでアスカは何かものを言う事はなかった。
病院のベッドの上で眠っているだけのアスカ。シンジはそんな彼女を見ていると、アスカが、もう心が死んでしまったのではないかと思えた。時々暴れるという話は聞くが、彼は病院に入院してからアスカが感情をあらわにしている所に出くわした事が無い。やつれた姿でひたすら眠っている姿しか見ていない。息をしていなければ死んでいようにすら見える。
使徒との戦いは既に終わりを告げていた。常に死に怯えて戦っていたが、もうそんな事に怯える必要もない。なのに、ベッドの上でやつれた姿で眠っている彼女を見ていると、どうしようもないほどの死と終わりを感じる。戦いに酷く疲れた。シンジは人に言われたままに動いていたが、何にもならなかった。せいぜい、大人達のていのいい手駒だ。人のいう通りにした所で、自分を大事にしてくれたわけでもない。エヴァが無ければ、必要にされるわけでもなかった。シンジの父すらそうだ。あの人の良さそうなミサトも、エヴァが無ければ自分とは無縁の人だ。ミサトは前に逃げ出した時に追いかけてくれたけど、結果的にその辺の大人達とそんなに変わりなかった。最近は仕事だか何なのか知らないが、何かに夢中でまるでシンジの事は眼中に無い。自分の存在する理由が欲しくて戦っていたが、単なる手駒で、戦う理由が無くなれば必要としてくれない。辛い思いをした分、最初からここに来なかった方がマシだった。そのくらい、戦いでは嫌な思いをした。戦いではよく知っている人だけでも二人…いや、三人死んだ。皆、自分と同じ歳の子だった。自分達を、子供を犠牲にしてまで守らなければいけない人や街なのか。自分を顧みもしない大人達を見ていると、使徒が人を全て滅ぼしても、構わないとすら思えてくる。
この病室で、シンジは椅子に坐りながら今後の事を考えた。でも、未来の像が何一つ思い浮かばない。過去にあった嫌な思い出ばかりが何度も駆け巡る。思い出す度に、あの時ああすればこうならずに済んだだとか、過去への回帰のような事を何度も思い描く。そして、思考の行き着く明るい未来に夢を馳せる。まったく無意味な事なのは判ってはいるが止められない。それでも、今の暗い現実から逃避するには十分だった。そうしていなければ生きていけない。でも、そんな夢もすぐに霧散する。
目の前には、現実が横たわっている。やつれたアスカ。閑散とした病室。それを呆然と見ている自分。死ぬような思いをして、残ったのはこれだけ。どっと疲れが沸いてくる。随分無駄な事をしてきたものだという考えが首をもたげる。大人達に追い立てられ、説得され、無理矢理走り続けたような感覚。もったいぶったような事を言っていた加持。自分にはエヴァがあると言っていた。あれが全ての元凶ではなかったのか?使徒はエヴァでしか倒せない。まるで自分しか倒せないような事を言っていた。いや、他にも使徒を倒せる者が居たんではないのか?たとえば、目の前に横たわっているアスカ。彼女は不調にさえならなければ、自分なんかよりも遥かに強い。よく知っている。エヴァとの同調を表すシンクロ数でアスカより勝った時に、いい気になって彼女を馬鹿にするような事を言った事があるが、その後に散々な目に遭った。調子付いてて、一人で突っ走って、使徒の作り出したディラックの海に落ちてどうにもならない状況になった時、嫌というほど身に染みた。アスカはディラックの海なんかに落ちなかった。咄嗟に回避していた。なのに、自分は無様に落ちて、色々な人に助けを求めながら沈んでいった。
"模試で満点取ったって、何の意味も無いじゃない!"
どうやったのかは知らないが、ディラックの海から帰還して入院していた時、病室の中でアスカが勢いよく自分を怒鳴りつけた。心配してお見舞いに来てくれたアスカ。自分でも馬鹿だなって思って苦笑いした。そういえば、あの時までのアスカは、元気だった…。
シンジは椅子から立ち上がり、アスカの肩を掴んでそれまでよりも更に強く揺さぶる。それで目を覚まさないか思いながら、こんな風に駄目になっていく自分を見て、呆れてまた怒鳴りつけてくれないかと期待して。でも、彼女は目を覚まさない。ひたすら眠りを貪り続ける。シンジは次第に憤りを募らせ、彼女の肩を強く引っ張った。海老のように丸くなってシンジとは逆向きに横たわっていたアスカの身体が勢いで仰向けになる。衣擦れのする音が聞こえ、彼女の上に掛けられていたシーツが半分近く落ちた。
そこに晒された姿に、シンジが目を剥く。病衣は腕に袖を通しているのみで、前のボタンが全て取り外され、半ば裸に近い状態になっていた。乱れた髪が首筋に絡み、枕に広がる。点滴の針が差し込まれた腕は力なく投げ出されていた。ずり落ちたシーツは皺を寄せて膝のところで引っかかったままに床まで垂れ下がっている。ベッドの上や下には外れた患者監視モニターの端子が幾つも落ちていたが、シンジは気にもしなかった。ただ、目の前に顕になっているアスカの半裸の姿から目が離せないでいた。
落ち窪んだ鎖骨、少し肋の浮いた腹部、かなりやつれた身体だが、胸元は今だに女らしい形を保っている。シンジは膝に引っかかっているシーツを彼女の上に掛け直そうかと手を伸ばしたが、その手はシーツではなく、彼女の右の乳房に伸びた。彼の中で何かどろりとした想いが過る。それが、彼女の乳房を掴もうとする。
「…ぅっ…」
アスカが微かなうめき声を上げた。シンジは慌てて触れようとした胸元から手を引く。
暫くシンジはおどおどとしながら眠っている少女の顔を眺めた。彼女は相変わらず眠ったままでいる。シンジは落ち着かない様子で知らず知らずの間に手を開いたり閉じたりしていた。少し、落ち着いてきたと思えた時、改めて視線を彼女の身体に向けた。
やつれた身体だ。ろくに食事をしないで眠ったままでいた為だろう。アスカの裸を見たことは無いが、彼女がどういう体格をしていたのかよく知っている。エヴァ搭乗用のプラグスーツは身体にぴったりと張り付く。それで体格は判るし、何より一緒に暮らしていたから、彼女の裸に近い姿は何度か目にしていた。強さと快活さが溢れるようで自分が尻込みしていたくらいだった。いつもそういう姿を見ると、ひどくうろたえた。今の姿はどうだろう?痩せ衰えたようで、弱々しい。
シンジは彼女の無力に投げ出された肢体をじっと見る。半裸の姿で眠るアスカの姿。何か効し難い衝動とそういう目で見る自分への嫌悪が込み上げる。葛藤というものだろうか?だが、いつまでもシンジは自分の中のジレンマに対してはいられなかった。嫌悪より、衝動の方が強い。彼女の何かが欲しくて堪らない。
分かっていながら彼は止める事が出来なかった。シンジ自身どうすれはいいのか判らなかったし、自分の中にあるものをどうにかしたかった。もう何をしても無駄だとしか思えない今、どうしようもない程のこの想いから何とかして楽になりたかった。
過去へ回帰する夢が浮かぶ。アスカと普通に出逢って、知り合い、そして色々な想いを重ねて互いに心を通わせ、お互いの居場所を作る。それは今更無理だと判っていた。過去へは戻れないし、有り得ない夢を見るだけ無駄だ。
シンジは酷く生き疲れていた。死ぬことは怖くなかった。自分にはもう何も無い。
同居していた頃のあの部屋で、彼女を想像の中で穢しては自分の物にする事を何度も夢見た。彼女を無理やり犯し、穢す。彼女の意思を無視した行為だった。けれど、想像の中で汚した彼女は今よりもずっと活気に溢れ、強気で、輝いていた。これも、自分を慰める為の夢。いつでもそういうくだらない夢を見ていた。嫌悪しつつ、その夢を見るのを止めなかった。
今のアスカはやつれ果てて人形のように横たわっている。こんな姿の彼女ではなく‥。
シンジはここに来て、やはり自分の為の夢を見ようとしている。
真昼の太陽が窓から部屋の中を照らし、白い病室の中は目に痛いほど明るい。
その中で規則正しく鳴り響く心電図の電子音が響く。そして静かに息づく少女の寝息と低く洩れ出る彼の吐息。病院独特の匂いの中に、かすかに漂うあの頃と変わらない甘い彼女の香り。その中に在りし日の活発だった少女の姿を思い浮かべる。忘れたくないあの頃の少女の姿。
もう、葛藤とは戦いたくない。でも、触れるのは恐ろしい。それなら、後はもうこんなことしか出来ない。
「あ、アスカ…。」
思い出の中の彼女はか細く悲鳴を上げて仰け反る。
彼に爪を立てて傷つけ、彼も彼女の中を傷つける。
「うっ……。」
必死で抑えようとしたのに洩れ出てしまった声。それと同時に生暖かくて酷く粘りのあるものが自らのその手と少女の胸元にかかった。終ってしまった後の妙な脱力感と冷めていく思考。 夢の中の彼女は四散し、突然シンジは現実に引き戻された。
今、自分は何をした?
冷静になって彼女の方を見る。
そこには彼の放った欲望で胸元を汚したアスカが冷たく自分を見つめていた。
シンジは酷くうろたえた。アスカは彼の精液で胸元を汚していた。触れられないと思っていたのに、結果的に彼は彼女を穢してしまった。しかし、シンジはそれに対する贖罪や謝罪の言葉を何一つ思い浮かべられない。何かを言わなくてはいけないのに何も思い浮かばない。頭の中はまっさらになっていて次の行動が起こせない。
彼女は冷たく見つめていた目を細めた。
シンジはそれに怯えたように慌てて衣服を正し、身繕いをする。そしてベッドの横に据付けてある戸棚からタオルを取り出そうとした。しかし、そんなシンジにアスカは冷たく言い放った。
「…出てって。」
このままにしておくわけにはいかない。
シンジは言う通りにする前に、彼女の胸元にかかった自分の精液を拭き取ろうとタオルを掴み彼女の胸元に手を伸ばす。しかし、アスカはそんな彼の手を跳ね除け、睨み、大声を張り上げる。
「出てってよ!!」
シンジはその声にたじろぎ、後退る。やり場もなく彷徨う視線と持て余す手。その手には湿り気と、先ほどの行為の熱く堅い感触を残す。
「…ごめんっ…!」
シンジはタオルを掴んだままそう言うと、その場を逃げ出すように廊下へと出た。ドアを閉めた時に彼はそのまま暫らく佇む。そしてゆっくりと病室のドアに寄りかかる。後悔と惨めさで目頭が熱くなっていく。シンジは涙に耐えるように唇を噛み締めた。
シンジが出て行った後、アスカは病室の天井を見つめ続ける。
おもむろに指先を自分の胸元に当てる。そして、そこにかけられた精液を掬い取るように指先で胸をなぞる。若い雄が放つ、精液の生々しい匂いと粘り気。彼女はそれを憎々しげに見つめる。
「…こんちくっ…しょお…。」
途切れ途切れの小さな声でアスカは呟く。アスカは胸に着いているものを歯を食いしばって睨む。
彼女のはだけた姿を見て欲情し、それを吐き出したシンジ。彼女にはそれだけの事実しか見えなかった。ほんの少し前、彼女は彼にキスをねだった。彼はそれを受け入れた。でもそれは彼女から。彼からしてくれたわけではない。彼女の心を本当に満たす言葉をくれたわけでもない。優しく抱きしめてくれたわけではない。彼は彼自身の為の事しかしない。
彼女の為の事なんてどのくらいした?
彼は彼女を見ていた。
ただ見ていた。
外ヅラだけを。
…赦さない。
彼女の内に俄かに感情が沸き起こる。それは感じたことも無いほどの激情になって彼女の中を走り抜ける。彼女自身、それが何の感情なのかはっきりと分からない。ただそれは、渇いた心が何かを求めて足掻くのとよく似ている。求めた先は母であったり、父であったり。彼女が想っていた加持であったり、シンジであったり。
母は幼くして死に、既に面影すら薄れかかっていた。父は他の女への想いしかなく、彼女の渇きを癒すものを与えなかった。加持は彼女の想いが幼く稚拙だったのを簡単に見破り、軽くいなした。そしてシンジは…分からない。ただ、何もせず、何も与えてくれなかったことだけしか分からない。何もしないのに彼は側に居続け、彼女を傷つけてきた。
彼女は渇いた心を癒して満たす為に足掻いて傷つき、そして何も得られず疲れ果てた。そして今、彼が彼女にした事と与えた物は一体何だったのか?
「あたしを見て、良かったんだ。」
ただの欲望の捌け口になった自分の身体を忌々しげに見る。見てもらえたのはカラダ。
渇きを癒さず、欲望の捌け口にされるだけの汚らしい女のカラダ。
欲しかったものを得られないガラクタ。
「あたしを見て、そんなに良かったんだ。」
涙が滲む。心の空洞がどんどん広がっていく。広がった隙間は満たされず、堪れない想いに苛まれる。
「何もしてくれなかったクセに…!」
満たされず癒されない狂おしい想い。誰からも救いの手は差し伸べられず、打ち捨てられ、更なる渇きに喘ぐ。
それは歪んだ想いを生み出し、彼女を蝕み始める。
「吐き気がする‥あんな奴…!」
顔に嫌な笑いが浮かぶ。自分を穢した少年。歪んだ気持ちが純粋な想いをどんどん喰らい尽くす。
「そんなに残したければ…。」
歪んだ想いは狂気を生み、飢えと渇きは満たされるのを待っている。
どんな形であれ、それを満たしたいと叫ぶ。自分やアイツを潰す事になっても。
「…残してあげる。シンジをあたしの中にずっと残しておいてあげる」
彼女は飢えの狂気に促されるまま、それに従う。
「死ぬまで消えないようにずっと、ずっと、ずっと!!」
アスカは指に掬い取った精液を自分の足の付け根へとやる。そして半ば強引に捻り込む。
男に愛され、緩められたわけでもないそこは異物に抵抗するかのように不快で感じた事も無い痛みを発する。まるで無理やり引き裂いていくような痛み。今行っている事を阻もうとしているようだ。
しかし、狂気はその痛みをも上回っていた。
痛みから来る恐怖も、断末魔のような悲鳴も、彼女は唇が切れるほど噛み締めて耐え、そのまま強引に押し切る。身を仰け反りそうな痛みの中で、自分の身体の一番最奥にそれを何度も押し込み続ける。そうして満たされるまで何度も自分を傷つけるように繰り返す。気が付くと彼女の指先に、精液とは違うぬかるみを感じた。自分の中を傷つけ、滲んだ血だ。
血の着いた指先を見つめているとアスカの中に笑いが込み上げてくる。
…狂ってる。
そう思いながら止めなかった自分。もしかしたらシンジと然したる差など無いのかもしれない。渇いた笑いと共にどうしようもない侘びしさと空しさが込み上げてきた。
「馬鹿だ…。私、馬鹿だわ…」
彼女の視界が揺らめき、血の滲んだ手にボタボタと涙が零れた。
こうして二人の想いは重なり合うことは無く、代わりに救われない夢を生み出した狂気のみが残った。