「そっちに行ったよ。アスカ」
シンジが、言う。
「わかってるわよ」
アスカのエヴァンゲリオン弐号機が、スマッシュホークを振りあげて跳ぶ。
「おおりゃああ」
思春期の女の子にしてはちょっと、いやかなり色気のない気合い声をあげて、アスカがスマッシュホークを振り下ろす。
真っ向唐竹割りにされた使徒が、左右に分かれて倒れる。
「ふん。戦いは無駄なく美しくよ」
アスカが、鼻息も荒く自慢する。
「綾波、お願い」
シンジの声がエントリープラグのスピーカーから漏れる。
「了解」
綾波レイが感情のない声で応え、零号機が手にしているポジトロンライフルを構えた。
「目標、確認。発射」
ポジトロンライフルが、使徒のコアをぶち抜いた。
「カヲル君、ごめん」
シンジが行く手をさえぎった使徒の一体が、くるりと向きを変えた。
「任してくれたのかい」
カヲルが、参号機のATフィールドで使徒を抑えつけ、正拳突きでコアを破壊する。
「このぉぉ」
最後に残った使徒のコアに初号機がプログナイフを突き立てた。
「パターンブルーの消失を確認しました」
オペレーターの青葉シゲルが、告げる。
「三人ともご苦労様。回収ルートは、D-37を使って」
葛城ミザト三佐が、チルドレンたちに指示した。
「ふう。なんとか市街地への侵入は防げたわね。損害は、第三新東京市郊外の道ぐらいかしら」
ミサトが肩の力を抜く。
「ですね。もうちょっとで市内に入られるところでした。水際阻止が成功しましたね」
作戦部副長を務める日向マコト2尉が、うなずいた。
「まにあわないかなと思ったけど、運が良かったわね。使徒が動いた先に弐号機と零号機が居てくれたから」
ミサトが息を吐いた。
「マヤ、今の使徒のATフィールドの波長、解析して」
一仕事終えた感のある作戦部とは逆に、技術部は活発な動きが始まっていた。
「わかりました、先輩」
赤木リツコに命じられたマヤが、コンソールを操る。
「でました。パターンは、第七使徒に酷似してます。もっとも出力は30%ですが」
マヤが報告した。
「第七使徒。あの双子ね」
リツコが、小さくつぶやく。
「あら、でも今回は、アスカが斬っても分裂しなかったわよ。それに最初から4体出たし」
ミサトが、リツコの独り言につっこむ。
「作戦部は、現場監督なの? その場その場の対応だけでは、いつか痛い目に遭うわよ」
リツコがたしなめる。
「だって,いつどんな奴がくるかなんて、わかんないし。前もって準備していても、違うタイプだったら意味無いじゃん。臨機応変こそ、優秀な指揮官に必要な素質なのよ」
ミサトが結婚してさらに一回り大きくなった胸を揺すらせて笑う。
「はあ。ミサト。あなた、その胸に脳みそが詰まっていれば良かったのに。まったく節操もなく無駄に大きくなって。新婚だからって、そっちばっかり使うんじゃなくて、頭も働かせなさい」
「なに言ってるの、リツコだってワンサイズアップしたって聞いたわよ。やっぱり正式な仲になると、違うのね」
三十路を越えた悪友同士の会話は、なまなましい。聞かされている独身組は、耳まで真っ赤にしている。
「先輩、不潔です……先輩が司令と……髭がくすぐったいとか、サングラスを外して私のすべてを見てとか……」
「俺の恋人はギターだけだ。今夜も寝かさないぜ……」
なかには遠いところに旅立っている者もいる。
「私はここ三日帰ってないわよ。この一カ月で何度エヴァが出撃したと思ってるの」
リツコが、からかい顔のミサトに文句を言う。
「でも、エヴァの被害なんてほとんどないじゃない。ここ最近の使徒は弱いから」
「馬鹿言わないで。エヴァは精密を極めているのよ。生体と電子機器の融合体。一度動かすだけでどれだけチェックしなきゃいけないことがあるか」
リツコのため息もどこ吹く風と、ミサトはさっさと帰り支度を始める。
「大変ねえ。頑張って」
「戦闘詳細報告書、明日までに副指令に出さないと、戒告よ」
「わかってるって。じゃ、あたし帰るから。日向君、あとよろしくね」
ミサトがひらひらと手を振って発令所を出ていく。
「たいへんね。ずぼらな上官と妻を持って」
リツコが、日向マコトに同情した。
「そんなことないですよ。ちゃんと帰れば、夕食用意して待ってくれてますから」
日向はうれしそうである。
「これも愛の力なのかしら? あのミサトの料理を食べられるというのが謎だわ」
リツコが、小さく首を振る。
「シンジ君が特訓してくれましたからね。結婚前に」
日向が戦闘報告詳細を打ち込みながら答えた。。
「シンジ君か。不思議な子よね。随分変わったわ」
「そうですね。あのコアに取り込まれてから、一気に大人になったように見えます」
マヤもうなずく。
「サードインパクトなしで、子供達はお互いを補完し合ったのかも知れないわね」
リツコがやさしく微笑んだ。
サードインパクトは防がれた。
ことの起こりは、第13使徒バルディエル戦だった。
ダミープラグによって、己の意思とは関係なく戦いが進むことに恐怖したサードチルドレン碇シンジは、ネルフを離れようとしていた。
そこに襲来した第14使徒ゼルエルは、圧倒的な強さで弐号機と零号機を一蹴した。
戦友そして仄かな好意をもつ少女達の危険を見過ごせなかったシンジは、エヴァンゲリオン初号機に搭乗、実にシンクロ率400%という驚異的な状況下でゼルエルの撃破に成功したが、コアに取りこまれてしまった。
溶けたシンジはコアの中で母と邂逅し、自分のうちに秘めた想いと向き合った。
サルベージされたシンジは、随分と変わっていた。
そんなシンジにもっとも戸惑ったのが、セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレーだった。
自分が歯も立たなかった相手をひねって見せたシンジに、アスカは嫉妬心を増幅させ、醜い憎悪を浴びせたが、彼の反応が彼女の予想とは違ったのだ。
シンジはアスカの罵声に哀しそうな顔はしても、逃げようとはしなかった。
「アタシの視界にはいるな」
怒鳴りながら手を出し足を出すアスカをシンジは決して避けようとはしなかった。なにもしないことが逃げよりも酷いことに気づいたシンジは、アスカとの関係を変えようと努力しだした。
「大っ嫌いだと言ったでしょうが。近づくな」
アスカのいらだちが空転する日々。それはよりアスカを焦らせた。
シンクロ率が落ち続け、ついに起動とは名ばかりの状態になったときに、第15使徒アラエルが襲来した。
S2機関を取りこんで封印された初号機は出撃できず、弐号機が発進した。
アスカに浴びせられる精神攻撃。
無理矢理アスカの心が切り開かれた。
脳のヒダ一つ一つを押し広げ、封印した記憶、自分でさえ覗きこむことのない深層心理まで暴かれたアスカが、悲鳴の内に気づいたシンジへの想い。
それを認めたくなくて、アスカは大声で悲鳴をあげた。
使徒は補完計画の要であるロンギヌスの槍を処分することを目的とした碇ゲンドウの命令で、綾波レイの操るエヴァンゲリオン零号機によって殲滅された。
出迎えたシンジが、にこやかに笑っていたことに、エヴァから降りたアスカがぶち切れた。
「アンタは、心の中でアタシのことを役立たずって笑っているわね。偉そうなことを言っていたのに、動くこともできなかったと馬鹿にしている。そうよ、アタシはエヴァのパイロットとしてお荷物なのよ。無敵のシンジさまと人形女さえいれば、十分」
怒鳴り散らすアスカを、シンジが抱きしめた。
「な、なにするのよ、この変態、離しなさいよ。気持ち悪い」
暴れるアスカを抑えつけて、シンジが耳元で囁いた。
「アスカ、泣かないで」
激怒していたアスカが、動きを止めた。
「アタシ、泣いてない」
「涙は出てないけど、アスカの心が泣いている。だって、あんなに眩しい、太陽みたいなアスカの目が曇っているもの」
シンジが、アスカの瞳を覗きこむ。
「な、なに勝手なこと言っているの。アタシは泣かない、泣かないって決めたんだからあ」
そう叫びながら、アスカは号泣した。今までの辛さを押し流すほどの涙は、アスカの心をゆっくりとやわらげた。ずっと自分を見ていてくれる、そして誰よりも優しい。アスカはシンジのどこに惹かれたかに気づいた。一度認めてしまった好意を否定することはできない。
アスカは、シンジの胸を濡らしながら甘えた。
泣きやむまでじっと背中を撫でていたシンジが、一息ついたアスカに告白した。
「アスカ、こんなとき卑怯だと思うけど。もう我慢できないんだ。好きです」
「あ、あんた馬鹿ぁ? こんなときに言うんじゃないわよ。こういうことは、ちゃんとムードと場所を考えて……」
そこまで言ったアスカが、あわてて言葉を続けた。
「断っているんじゃないからね。お、女の子にとって大事なイベントだから、思い出に残るように、TPOを考えなさいって言っているだけで、決してアンタじゃ駄目なわけじゃないから、そこのところ間違えるんじゃないわよ」
アスカが必死で言い訳する。
「わかっているよ。すべての戦いが済んだらもう一度言うから」
シンジが微笑む。
「……うん」
子供のようにうなずいたアスカは、そっとシンジから離れた。
「それまでは、アンタとアタシは戦友。それ以上でもそれ以下でもない。良いわね」
「わかったよ」
「特別にアタシの背中を護らせてあげる」
「ありがとう」
「さあ、帰るわよ」
真っ赤な顔を隠すように早足で去っていくアスカの後ろを、嬉しそうにシンジが追った。
碇ゲンドウの計画は破綻した。周囲に拒絶され、縋るべき母を求めて心を壊していくはずの子供達が、変化したのだ。
続いての第16使徒アルサミル戦もあっさりと終わった。
融合され浸食された二人目のレイが自爆しようとしたのを、アスカが止めた。
「逃げる気? 」
「どういうこと? 」
レイが自爆スイッチに置いた手を止める。
「ファースト、アンタ、シンジに胸触られたらしいわね」
アスカが言う。そう、抱きしめた晩、シンジはアスカに過去の全てを懺悔させられていたのだ。
「世界一の天才美少女、この惣流・アスカ・ラングレーさまに告白しようとしたんだから、当然アンタの人生すべてをアタシに捧げるつもりよね。さあ、なにもかも吐きなさい」
そう言われてシンジが黙っていられるはずもなく、母親が死んだときの記憶から、叔父の家で居場所がなかったこと、ネルフに呼ばれてつらかったこと、レイの家を訪ねて裸を見たうえに胸まで掴んだこと、空母の上で見たアスカの下着の柄をしっかり覚えていること、ユニゾン最後の晩、襟ぐりの開いたアスカのシャツの隙間から胸の先が見えていたこと、などなど洗いざらい白状させられた。
正直の報酬は、左右5発ずつのびんただったりしたが、アスカはシンジを許し、そしてアスカも自分のことを全部教えた。母親がエヴァの実験で狂いアスカがわからなくなったこと、首をつった母親の第一発見者になったこと、父親と今の母親の睦み合いをみたこと、みんなに見てもらいたくて、要らない子供なりたくなくて必死にがんばったこと、加持に抱いて欲しいとねだったこと、シンジだけでも自分のものにしたくて無理矢理キスしたこと、シンクロ率を抜かれて憎んだこと、でもシンジのことが好きだとわかったこと、などを語った。
「やっぱり、ライバルはファーストね」
アスカはレイがシンジのことを好きだと確信していた。そして、シンジの心の中にレイの居場所があることも知っている。
そのときにファーストが自爆しようとした。フェア精神に溢れるアメリカ人が、そんなことを見すごすはずもない。もちろん、自分が告白された優位に立っていることはわかっている。でもここでレイを見捨てれば、シンジがつらい思いをする。
アスカは動いた。
「なっ、ア、アスカ……」
ネルフ全部に放送されたアスカの言葉に絶句するシンジを無視して、アスカが続ける。
「死にたければ死ねば。アタシがシンジをもらうから」
「弐号機パイロット……私が死んでも代わりがいるもの」
レイが使徒に侵される苦痛に耐えながら告げる。
「その代わりをアタシがしてあげようって言うわけ。心配しないでいいわ。アンタの思い出なんか二度とシンジが思いださないように全部上書きしてやるから。ほら、アンタよりアタシの方が胸も大きい。今夜早速シンジに触らせてみよっと。シンジ我慢できるかしら。男と女の仲になったらどうしよう? 」
アスカが挑発する。
「恥ずかしいこと大声で言わないでよ……」
初号機の中で待機しているシンジが小さくなる。
「弐号機パイロット、あなたはなぜそんなことを言うの? 二人目の私を知っていてくれる人さえ奪おうというの? 」
レイの顔に浮かんだのは、使徒の浸食ではなく、怒りの血の筋だった。
「悔しかったら、帰ってきなさいよ」
アスカが鼻先で笑う。
「わたしと一つにならない? 」
心を浸食したアルサミルの誘惑も、頭に嫉妬という血がのぼったレイには効果なかった。
「わたしが一つになりたいのは、碇くん」
レイが静かに述べる。
「だめ。寂しいでしょ。だから私と……」
「うるさい。寂しくないもの。わたしには碇くんが居る。なにより、あなたの相手をしている暇はないわ。弐号機パイロットを排除しなければいけないから」
レイは、アルサミルをあっさりと振ると、零号機のコアに語りかけた。
「一人目の私。私の中に還っていい。一緒に生きましょう。あの傲慢な外人娘に日本の女の意地を見せなければいけないの。だから、力を貸して」
途端に零号機が吠えた。
「シ、シンクロ率400%」
「馬鹿な。レイが一人目とシンクロするはずない。一人目の魂は転生して今のレイに移る。零号機のコアに有るのは残滓程度のはず……。まさか、レイの魂の欠けた分を補完する気なの? 」
赤木リツコが呆然と秘密を口にするが、誰もそれを聞きとがめる余裕はなかった。
咆哮をあげた零号機は、あっさりとアルサミルを引き出すと、両端を持って紐のように結んだ。何度も何度も結ぶんで団子にする。
「さよなら」
手頃なボール状になったアルサミルを零号機が思いきり蹴った。
「第一宇宙速度を超えました。使徒地球の引力圏を離脱します」
青葉が呆然とつぶやき、第16使徒戦が終わった。
最後の主役はシンジだった。
「死と生は僕にとって等価値なんだよ」
そう言って殺されることを望んだ第17使徒タブリスをシンジが説得した。
「等価値なら、生きてよ。本当に必要だとわかったら、いつでも僕が君を、カヲル君を殺すから。僕のために生きてよ。僕のこと好きだって言ってくれたじゃないか。初めてだったんだ。好きだって言葉をもらったの。だから、僕からも思いを贈らせてよ。カヲル君、君のことが好き」
説得というより口説いたに近いが、カヲルはそれを受け入れた。
「シンジ君がそう言ってくれるなら、もう少しこの世にいるのも悪くないね」
カヲルはうなずいて、ゼーレからネルフに寝返った。
すべての使徒が滅びて初めて、人類は第18使徒と認定されることになる。その前提が崩れた。
カヲルの裏切りに怒ったゼーレが、量産型エヴァを用いてカヲルごとネルフを殲滅しようとした。
しかし、ダミープラグでオリジナルに勝てるわけもなく、S2機関もロンギヌスの槍のコピーも使うことなく、カヲルのATフィールドによってシンクロアウトされた。
「もう、失った肉体を再生することはできない。悪いけど先に逝ってくれるかい」
カヲルが初号機の手のひらに載って語りかける。これで終わった。量産機のダミープラグが自死した。
「お帰り、LCLのプールから出ることの無かった弟妹たち」
カヲルの手のひらに、死んだダミーから出た魂のかけらが集まった。それをためらいなく胸にいれたカヲルは、その足でネルフを去った。
「生きたくてもそれを許されなかった弟と妹。その敵を討たないと僕は生を謳歌できないからね。それが終わるまでしばしのお別れ。シンジ君。待っていてくれるかい? 」
シンジにそう告げて、カヲルは第三新東京市を後にした。
「待ってるわけないでしょうがあ」
夕日に消えゆく背中にそう叫んだは、アスカ。
「男性体に惹きあうのは女性体。それは、わたし。あなた用済み」
冷たい目で見送ったのはレイ。
その後、居場所さえはっきりしないゼーレの代議員が全員、原因不明の圧死した。
ゼーレは滅びた。
だが、ゼーレのトップ、キール・ロレンツ議長は、最後に置きみやげを残していった。
サードインパクトのとき、選択されるべき種となることをおそれて封印した使徒達の魂を再び世に出した。
エヴァに倒された使徒達の魂が帰還するガフの部屋を解放したのだ。
安住の場として作られたよりしろたる量産型エヴァの爆破は、使徒達の魂を爆散させ、世界中に散らせることになった。
もっとも肉体はすでに無く、復活することはできなかったが、波長の合う肉体、あるいはものを見つけて憑依したのだ。
第二世代使徒と呼ばれたそれらは、再び一つの形を取りもどすため、彼らの親たるアダムと、もしくはリリスとの癒合を目指し、第三新東京市へと侵攻しだした。
力は弱くなったとはいえ、使徒であることに代わりはない。やはり通常兵器は効果がなく、エヴァンゲリオンによる殲滅の必要があった。
こうして、子供達の生活は、何一つ変わることなく続いた。
子供達の生活は変わらなかったが、大人達には変化が訪れた。
サードインパクトが起こらないとわかったことで、碇ゲンドウは妻の復活をあきらめざるをえなかった。
「きっとユイさん以上にあなたを愛して見せます」
拳銃を手にしながらプロポーズしたリツコに、汗を流したゲンドウがうなずき、まず一組目のカップルが誕生した。
「俺のやってきたことは……」
ゼーレの壊滅で目標を失った三重スパイこと加持リョウジは、次なる人生の目的を模索した。
「世界一のスイカのタネを見つけたら、8年前に言えなかったことを言うよ」
そう言って旅だった三重スパイをあっさりと捨ててミサトは、日向と結婚した。
「だって、リツコが人妻になっちゃったんだもん」
仕事場で上司部下な関係は変わらないので、夫婦別姓だが、二人が新婚を楽しんでいるのは確かだった。
ミサトとリツコの結婚で、子供達の生活環境も変わった。
さすがに思春期の男女二人を同居させるわけにもいかずは、マンションからアスカとシンジが追いだされたのだ。
「絶対に別居はしないからね」
「わたしも一緒に住みたい」
「男同士ならなんの問題もないだろう」
アスカとレイとカヲルの意見、シンジは発言さえ許されていなかった、で4人が一つのマンションに住むことになった。
「牽制しあうから、大丈夫。それに家事能力皆無な3人の面倒を見てくれるのはシンジ君だけ」
ミサトの戦略眼がこんなところで発揮された結果である。
子供達は、一つところに集められた。
前ほどせっぱ詰まった戦いはなくなったとはいえ、碇シンジの日常は戦場である。欠食児童と偏食娘、不気味男色家の3人の生活を維持しなければならないのだ。
最初はまだ良かった。偏食娘は洗濯だけでも自分でやってくれていたから。
「アタシの下着を触れてうれしいでしょ」
物干し竿から乾いた洗濯物を取りこんでいたシンジをアスカがからかった。いつものことだったが、ちょうどそのときシンジがアスカの下着を手にしていたのがまずかった。シンジが真っ赤になって照れたのだ。
それを見たレイが、膨れ、翌日から自分の下着をシンジに押しつけるようになった。
その背後には、
「男の子はね、好きな女の子の下着なんかを欲しいと思うものなのよ」
といらない知恵を付けた作戦部長の姿があった。
「僕の下着も必要なんだね」
そう言ったカヲルは、その場でアスカに殲滅されたが、結局レイの下着の洗濯もシンジがすることになった。
もちろん食事の仕度はシンジの仕事である。
材料の買い出し、調理、配膳、後片付け、全部シンジがこなした。
その合間の戦闘。来る度に数を増やす使徒を、よく子供達は防いだ。
「パターンブルー確認」
新しい使徒が襲来した。
「全部でいくつ? えっ、17体も。なんてインチキ……」
ミサトが、モニターを見ながらぼやく。
「みんな、市街地の避難はまにあってないの。なんとか、阻止して」
リツコが頼む。
「なんとかしてって、この数じゃ……」
アスカが、文句を言う。
「やるしかないよ。アスカ、綾波、行くよ。カヲル君、突破した奴をお願い」
シンジが初号機を駆った。
「わかっているよ、シンジ君」
カヲルが、第3新東京市の外縁に陣取る。
「行くわよ」
アスカが突出しようとしたのをシンジが止めた。
「待って、アスカ。僕一人じゃ中央は支えきれないよ。だから、アスカはここで迎撃して」
「男の癖に情けないわねえ。わかったわよ。アタシに任せなさい」
アスカが弐号機を止め、ソニックグレイブを構える。
「綾波、そこから狙撃して」
「了解」
レイがポジトロンライフルの安全装置を解放する。
「僕は使徒の後ろに回るから」
シンジは、初号機を全力疾走させて、使徒の中央を突破する。そのとき、二体の使徒を殴り飛ばしている。
「シンジ君、一機で突出しないで。囲まれたら終わりよ」
ミサトが命令するが、シンジは応えない。
「行くよ、みんな」
シンジが使徒の周囲を走りまわる。
初号機の圧迫を受けて、ばらけていた使徒達がだんだん中央に集められていく。
「綾波」
「わかったわ」
シンジのかけ声に応じて、レイが最高出力にしたポジトロンライフルを発射する。
使徒のATフィールドはシンジによって中和されている。陽電子の奔流は、一撃で3体を貫いた。レイの射線を邪魔しないように動きながら、シンジが使徒達を追い立て、レイの一撃は確実に使徒を葬っていく。
使徒達はレイから逃げるようにアスカに近づいた。
「アスカ」
「任せなさいよ。待ちくたびれたわ」
アスカがソニックブレイブを頭上で回しながら突貫する。
「打ち漏らした奴を、カヲル君、お願い」
「安心してくれるかな。僕は惣流さんほど粗雑じゃないから」
カヲルが数歩前に出て、アスカの両側を抜けてきた使徒2体の前に立ちはだかる。
「なんですってぇぇぇ。渚、あとで覚えときなさいよ」
アスカがソニックブレイブで使徒を両断しながら、カヲルの言葉を聞きとがめた。
「悪いね。僕はシンジ君との愛の語らい以外は覚えないことにしているんだ」
カヲルはどこ吹く風とアスカの怒気を流し、ATフィールドで使徒を包みこんでいく。
「君たちの居場所は、もうここじゃないんだよ。さあ、無の世界へお還り」
ATフィールドが収縮して、使徒を押しつぶした。
「うわあああああ」
シンジが、使徒の背中を蹴りとばす。吹き飛んだ使徒を待ちかまえていたアスカが葬った。
「パターンブルー消失」
青葉が報告する。
「ご苦労様、みんな戻って」
ミサトが子供達をねぎらった。
シャワーを浴びてLCLを落とした子供達が発令所に集まった。
「お疲れ、現場の判断というのもあるから、咎めないけど、あたしの命令には従ってちょうだい」
「すいません。頭に血がのぼってしまって」
シンジが頭をさげる。
「いい加減、慣れなさいよ。アンタが一番長くエヴァで戦っているんでしょうが」
アスカがシンジに発破をかける。
「碇くんは、一生懸命やっているわ」
「そうだね。シンジ君の値打ちは、目に見えないところにあるからね」
レイとカヲルが、シンジを援護する。
「はいはい。アスカ、シンジ君にくっつき過ぎよ。ほら、シンちゃん、アスカの胸が肘に当たって、真っ赤っかじゃない」
ミサトが、からかいモードに入る。
「ああああ、このエッチ、変態」
「うう。ごめんよ。わざとじゃないんだ」
アスカの怒りにシンジが謝る。
「碇くんは悪くない。無駄に大きな脂肪の固まりを押しつけたのは、弐号機パイロット。碇くん、キモチワルがっているわ」
レイが冷たい目でアスカをにらむ。
「なんですってぇ。シンジ、はっきり言いなさいよ。キモチワルイ? それともキモチイイの?」
「ううっ、気持ち良かったです」
アスカに迫られてシンジが小さな声で応えた。
「ああ、シンジ君。やっぱり君は大きい方が好きなんだね。見ていてくれないか。いつか僕は惣流さんを超えてみせるよ」
カヲルが、悔しそうに言う。
「アンタは男、一生かかっても膨らむわけないでしょうが」
「碇くんは、ノーマルなの」
アスカとレイがカヲルに止めを刺す。
「はあ。あんたたち元気よねえ」
ミサトが、脱力する。
「話を戻すわ。市街地への被害はほとんどない。お陰でクレームの書類が減ってお姉さん嬉しい」
ミサトが、喜んだ。
「お姉さん……ふん。厚かましいわね」
「ばあさんは用済みの年齢なのに」
アスカとレイが口の中でつぶやく。
「聞こえたわよ。居残り訓練したい? それとも、シンジ君をあたしがひきとっても良いのよ。こんなお子さまな女の子ばっかりじゃ、可哀想ね。経験豊富はあたしが女の良さを教えて……」
からかい初めたミサトが、口を閉じる。
それほどの殺気が3人の子供から発せられた。
「再婚相手探したほうがいいわよ」
アスカが日向に告げる。
「葛城三佐……もうあなたは要らない。碇くんは、わたしが護るもの」
綾波レイの瞳が紅く光る。
「葛城部長、日本のことわざにもありますよ。馬に蹴られて死んでしまえと」
カヲルがATフィールドで馬を創り出す。
「ちょ、ちょっとみんな、駄目だって」
シンジがあわてる。
「アンタは黙ってて」
「碇くんは心配しないで良いの。この葛城三佐は死んでも、なにも変わらない」
「シンジ君、優しさはときに無知な者を増長させるんだよ」
アスカが、レイが、カヲルが、ずいっと前に出る。
「ひっ」
ミサトが悲鳴をあげる。リツコがそっと離れていく。
「みんな、僕のお願いをきいてくれないの? 」
シンジがちょっときつい声を出す。
「わかったわよ」
「碇くんのお願い。それはなによりも大切」
「ああ、そんな潤んだ目で僕を見つめないで、ああ、シンジ君。僕と一つに……」
3人から殺気が霧散する。
「ミサト、いい加減にその一言多い癖治さないと、本当に死ぬわよ」
リツコが離れたところからアドバイスする。
「ううっ。わかったわよ」
ミサトが、いじけた。
「ところで、今日の結果はアタシがトップでしょ」
アスカが、ミサトのことなど忘れたかのようにリツコに訊く。
「ええ。アスカが一番多いわ。次がレイで、3番目が渚君」
リツコが言った。
「やった。さすがはアタシね。さあ、シンジ家に帰るわよ。今日の晩ご飯はアタシの好きなものにしなさい」
アスカがシンジの手を引っ張る。
「わかったよ。帰ろう、綾波、カヲル君」
シンジがレイとカヲルに声をかける。
「今日は、ハンバーグよ」
「アスカ、それじゃあ、綾波とカヲル君が食べられないよ」
シンジが、アスカの要望をおさえる。
「なによ、アタシよりもこんな赤目コンビを優先するって言うの? 」
アスカの声が尖る。
「碇くんやさしい」
「シンジ君、やっぱり君は好意に値するね」
レイとカヲルが嬉しそうに頬を染める。
「アタシは要らないの? 」
急にアスカの目が潤む。
「そんなことないって。僕はアスカが欲しい……えっえええええ」
つられて答えたシンジが自分の言葉に驚く。
「えへへ。だったら、ハンバーグね」
アスカが、泣いていた目を輝かす。
「じゃあ、豆腐ハンバーグにしようよ。これなら、綾波もカヲル君も食べられるから」
「えええええ。そんなのハンバーグじゃない」
アスカが不満を口にする。
「ローカロリー高タンパクだから、アスカのスタイル維持に役立つよ」
「ううううう。わかったわよ。その代わり、アタシ大きい奴ね」
「はいはい」
子供達が発令所を去っていった。
見送ったミサトがため息を漏らす。
「はあ。まるで子犬ね。じゃれあっちゃって。シンジ君なんて、しっかりアスカに首輪と紐までつけられちゃってさ」
ミサトが、いじめられた憂さ晴らしのように言った。
「あら、ミサト。気づいてないの? 」
リツコが首をかしげる。
「なに? 」
「まったく、これで作戦部長だって言うんだから。そのうちシンジ君に取って代わられるわよ」
「またまた。アタシの後釜が務まるのは、アスカでしょ。シンジ君じゃとてもアスカを抑えきれないわよ」
ミサトが笑う。
「マヤ、今日の戦闘をモニターに出して。ええ。実写じゃなくて単純なCGでお願い」
リツコの求めにマヤがうなずく。
すぐに発令所の巨大モニターに第3新東京市の地図が浮かび、そこに赤17個、緑4個の光が点滅する。
「言わなくてもわかるだろうけど、赤が使徒。緑がエヴァよ。さあ、初期配置から終了までをシュミレートするから」
リツコの言葉通り、赤と緑が動きだす。すぐに緑の一つが止まり、続いて緑2つが少し左右に開いた形で待機する。
まっすぐ進んでくる赤の中を最後の緑が突破する。
突破した緑が、左右にめまぐるしく動いて赤をばらけさせない。
「ま、まさか……」
ミサトが呆然とする。
赤の団体は緑の1つ、レイの射撃で数を減らしながら、緑3つで作られた三角形の中へと突っこんでいく。
「使徒を誘導している? 」
ミサトがリツコの顔を見る。
「ええ。最近の戦闘を確認したけど、間違いないわ。シンジ君は、使徒がばらばらになって市街地に侵攻しないように、まとめて罠に追いこんでいる」
リツコが首肯した。
「まるで牧羊犬じゃない、これじゃ」
ミサトが驚きを隠せない。
「偶然じゃないとしたら……子供達をまとめあげているのは、シンジ君だと言うことになるわよ。あのアスカに引っ張り回されているシンジ君がよ」
ミサトが信じられないと首を振る。
「アスカに振り回されている? 今さっきの会話をどう聞いたのかしら? シンジ君はアスカの要求をみごとに変えて見せたわよ。それもアスカのプライドを満足させながらね」
リツコがたばこに火を付けた。
「ミサトは、犬を飼ったことない? 」
「ペンギンしか飼ったことないわよ」
「だからね。犬って、本能的に上下を悟るの。だから、群れのリーダーの言うことには従うわ。じゃれ合って噛みあうことはあっても、決して逆らわない」
「アスカがナンバー2に甘んじてるって言うの? 」
「ナンバー2になろうとしてじゃれているのよ。だって、あの群れの中で雄はシンジ君だけよ。あとは全部雌。雄の愛情を奪い合ってる」
「雌って、渚は使徒だけど男じゃないの」
ミサトが、リツコに訂正を求める。
「渚君。先日私の所に来たわよ」
「リツコの所へ? 別に不思議でもなんでもないじゃない。定期検診でしょう? 」
「違うわ」
リツコがたばこを灰皿に押しつける。
「性転換させてくれって」
「はあ? 」
ミサトが唖然とした。
「シンジ君はノーマルでしょ。だから、男の身体じゃアスカに勝てないからって」
リツコが肩をすくめる。
「勘弁して」
ミサトが、あきれた。
「つきあってらんないわよ。遊びで戦われちゃ迷惑。犬だっていうなら、飼い主の言うことぐらいききなさいって。はあ、疲れた。あたし帰るから。あとお願いね、ダーリン」
ミサトが、投げキッスを残して消えた。
「…………」
「すいません」
日向がリツコに頭をさげて、ミサトの後を追う。
見送ったリツコがため息をつく。
「シンジ君がオオカミでないことを祈りなさい、ミサト。オオカミに鎖はつけられない。世界で4人だけのチルドレン。その力は世界を支配することさえできるのよ」
リツコがつぶやいた。
終