護られし者の辛さ

タヌキさん
拙作護られし者の孤独、護られし者の焦りの続きです。そちらを先にお読み頂けると幸いです。

 使徒戦役が終わって解体されようとしたネルフを救ったのは、葛城ミサトであった。
「これで全部の使徒が片づいたとは思えません」
 国連の査問委員会を前にミサトが放った言葉は、議場を埋め尽くした国連大使たちを沸騰させるに十分であった。
「馬鹿な、裏死海文書に書かれた使徒の数は、全部で17だったはずだ」
 国連事務総長グローバル・ハインツマンが、ミサトの話を否定した。
「あら、なぜそれをご存じなんですか? 裏死海文書はゼーレの関係者とネルフのトップしか知り得ない話ですが」
 ミサトは、しっかりと追求した。
「えっ、いや、ネルフの上部機関である国連のトップとして、私にはそれが報告されていたのだ」
「いつの話でしょうか? 」
「もちろん、使徒が現れる前のことだよ。そうでなければ、ネルフに適切な援助ができないではないか」
 ミサトの問いにハインツマンが答える。
「おかしいですわね。となると、事務総長は、全てをご存じだったことになります。ATフィールドをもつ使徒には、通常兵器はおろかN2爆雷といえども効果がないことを。それでいて第三使徒戦のおりに国連軍に攻撃をさせて多大な犠牲をだしたと? 」
「……それは……」
「それだけではありません」
 ミサトはハインツマンの言葉に押し被せるように発現を続ける。
「最後の使徒とされる17使徒ダブリスは、ゼーレから直接送りこました。つまり人によって作られた使徒だと言うことも……まさか、そんなことはございませんわね。世界人類の平和の調整者国連事務総長が、知っていながらなにもしなかったなどということは。申しわけありません。ご無礼を申しました。なにぶん、死ぬ思いをしたばかりで、心がうわずってしまいまして」
 ミサトは、詫びる。
「いやいや。正直驚いている。私が知っているものと現実の違いに」
 ハインツマンは、鷹揚にうなずいてミサトの詫びを受けいれた。
「どうやら、私も勘違いしていたようだ。私が知っていたのは、どうやら裏死海文書に見せかけたものだったようだ。人類補完委員会からだされたものの真偽を確かめなかった私の落ち度である」
 ハインツマンは、議場全体を見まわす。
「葛城ミサトネルフ作戦本部長の言うとおりである。我々は、セカンドインパクト、サードインパクトを乗りこえてきたが、フォースインパクトへの準備を怠ることはできない。ネルフは存続させる方向でよろしいかと思うが」
 ハインツマンが大使の顔を一人一人確認するように視線を合わせる。ミサトの言葉に裏にある取引にハインツマンはのらざるを得ない。
 茶番劇だが、必要な儀式であった。

 イギリス、アメリカ、中国、ドイツ、アラブ首長国連邦、ロシア、フランス、インドの大使は、ハインツマンとミサトの顔をまともに見ることができない。
 彼らの母国は、最後の使徒を倒したネルフへエヴァ量産機を使って襲い、エヴァンゲリオン弐号機を破壊した。それが碇シンジの心を潰し、サードインパクトを起こしたのだ。拒否権を持つ常任理事国だった国々は、今や議場の片隅で俯くしかなかった。
 ミサトは見慣れた国連日本大使の顔を探した。
「来られないか」
 ミサトが小さくつぶやく。ネルフの保護権を奪い、戦略自衛隊で無差別殺戮をやってのけたのだ、人がましく顔を出せた義理ではない。
「ネルフの存続には反対しないが……」
 手を挙げたのはアフリカの小国の代表である。
「人類存亡が目の前にあった今までのように湯水のごとく予算をつぎ込むことへは反対する。我が国ではセカンドインパクトの後遺症がまだ癒えていない。今年に入ってすでに1万人が餓死しているのだ」
「わかっています」
 ミサトが口を開く。
「今まで多大な被害を皆様方に押しつけてきましたことを深くお詫びします。ただ、人類の滅亡を防ぐという事情があったことをご斟酌いただきますようにお願い致します」
 ミサトはここで大きく息を吸った。
「私どもネルフは、今後についてこのように提案させていただきます。運用するエヴァンゲリオンは初号機のみ。それも新たな使徒の活動が予見されるまでは、凍結し、費用のかかるシンクロ実験などは必要最低限とします。続いて世界各国にあるネルフの支部を使徒出現に備えた観測所に縮小、大幅な人員整理をおこなうと同時に、MAGIクローンの運用を停止します。それにあわせて本部も大幅なリストラを致します」
 ミサトが話し終えた。
「聞くに値するようだな。詳しいデーターをだして貰いたいが」
 アフリカの代表が、要請する。
「承知しました、二、三日中に具体的な資料をお渡しします」
 ミサトが応じる。
「これで今日は解散してよろしいな」
 アフリカの代表に迫られて、ハインツマンは首肯するしかない。
「待ってくれ。最後に一つ動議をだしておきたい」
 南米アルゼンチン代表が手を挙げる。
「国連の中にいるゼーレと関わりの有ったものの調査と捕縛をすべきだと思うが、いかがかな、事務総長閣下」
 アルゼンチン代表の顔には皮肉な笑いが浮かんでいる。
「もちろんだ。我々は、人類への反逆者を許さない」
 ハインツマンは、引きつった顔で宣言するしかなかった。

 こうしてなんとか存在を続けることができたネルフだが、その権限は大幅に縮小された。国連軍将官扱いであったネルフ総司令は、大佐格に少佐待遇であったネルフ作戦部長と技術部長は、大尉待遇にと降格された。
 さらにMAGIの機能に大幅な制限が付され、各国のMAGIクローンとのリンクは切断された。今では第三新東京市を管轄するだけである。
 ネルフの権限も縮小された。徴兵権、裁判権、捜査権など国家の専任とされるべき重要なものは、剥奪された。
 今やネルフは、只の遵法組織でしかない。

 MAGIのコントロールルームと変更された第二発令所でリツコが盛大にため息をつく。
「はあ、ここまで情けなくなったのね」
 MAGIを使って碇シンジの行動を追いかけたのだが、わかったのは第三新東京市をでるまでで、それ以降はまったく調べられないのだ。
 監視衛星も監視カメラも自由自在だった頃とくらべれば、雲泥の差である。いかに優秀なコンピューターでもデーターがなければ、役にはたたない。
「先輩、どうしましょう? 」
 マヤも暗い表情を隠さない。
「もうすぐ、アスカちゃんが来ますよ」
 マヤが発令所の扉を振りかえる。
 アスカは、学校にも行かず毎日ネルフに顔をだすのだ。それは、シンジの居場所をできるだけ早く知りたいが為であった。
「一週間も成果無しですから、そろそろアスカちゃんが切れるんじゃないかと……」
 マヤが震える。
「も、もう一度シンジ君の動きを洗いなおすわよ。今度はシンジ君が出ていく前の国連事務総長が出したメールをハッキングして……」
 リツコが慌ててMAGIのキーボードに指を走らせる。
「アスカが来たわよ、なにかわかった? 」
 ミサトがアスカを連れて第二発令所にやってきた。
「あたし、お茶淹れてきます」
 マヤがすばやく席を立って給湯室へとむかおうとするのを、アスカが後ろ襟を掴んで止める。
「お茶は要らない。アタシがほしいのはシンジの情報だけ。あれから七日間も経つけど、まさか、なにもわかっていないんじゃないでしょうねえ」
 アスカの声が低くなる。
「な、なにもわかっていない訳じゃないのよ。シンジ君が第三新東京から第二新東京までリニアトレインで移動したことはわかっているの」
 リツコが慌てて言う。
「それから? 」
「…………」
 リツコが黙る。
「まさか、そこまでだと言うんじゃないでしょうねえ」
「仕方ないのよ。ネルフの権限が、MAGIの管轄範囲が、削減されてしまって」
 リツコが言い訳をする。

「保安部は? 諜報部は? 」
 かつてのネルフには戦自の情報本部並みの要因と人員が配されていた。
「今のネルフには必要ないって、廃止されちゃった」
 ミサトがいたずらを見つかった子供のように首をすくめる。
「ほう。ネルフの権限が縮小され、保安部も諜報部も無くなった。だからシンジの行方はわかりません。それで済むとでも思っているのかしら? 」
 アスカが、にこやかに笑う。
 美人ほど怒った顔は怖ろしい。少女から女へと移り変わりを見せているアスカは掛け値なしの美女である。柳眉をつり上げ、蒼い瞳を細め、口の端をつり上げているアスカの顔は、子供が見れば泣き出すこと受け合いであった。
「加持さんはどうしたのよ? 加持さんは」
 アスカが名前を挙げたのは、かつてネルフと日本内務省とゼーレの三重スパイをやっていた諜報員のことだ。ドイツにいたアスカのガードを兼任しながら、ドイツネルフの最深部からアダムを盗み出したほどの腕利きである。
「アスカ、知らなかったの? 加持はゼーレのスパイをやっていたことがばれて、国連裁判で懲役5年を受けて、今は国連軍の刑務所の中なのよ」
 ミサトが言いにくいだろうと思ってか、リツコが語った。
「生きているんでしょ? だったら何とかなるわ」
 アスカは、気にもしていない。
「どうするつもり? 」
「脱獄してもらって」
 アスカがあっさりと口にした。
「無茶言わないで。国連軍刑務所よ。日本の刑務所とは警戒のレベルが違うわ」
 リツコが、唖然とする。
「できないっていうの? 」
「無理よ」
 リツコがきっぱりと否定する。

 サードインパクトに関わる犯罪者を専門に収監している国連軍刑務所は、セカンドインパクトで破壊され、孤立した伊豆半島の片隅にある。
 太平洋に面しているが、地盤沈下で海面下に落ちこんだかつての海岸線が、暗礁となって船での接近を困難にしている。空からの接近はレーダー監視網に連動した対空ミサイルとバルカンファランクスによって阻害され、許可無しの接近は無警告で撃墜する。
 刑務所への出入りは、地雷原の中央を車一台がようやく通行できる細い道路一本のみ。それも数カ所の検問を通り抜けないとならない。
 収監者への面会は最低で1週間前に申告し、許可を得ないと親の死に目であろうが会うことはできない。
 また、収監者への差し入れは何一つ許されない。
 面会者は、別室で裸にされて身体検査を受けた後、レントゲンで体内に異物を忍ばせていないかまで調べられる。
「何一つ脱獄の道具を加持に渡すこともできないのよ」
 ミサトが首を振る。
「他に誰が収監されているの? 」
 アスカが不意に問う。
「ゼーレの幹部達は全員死刑にされたから、それ以外の連中と人類補完委員会のメンバー、それと政治家、戦自の司令官クラスというところかしら」
 リツコが答える。
「それだけいろいろな連中が揃っているなら、いつ攻撃されてもおかしくないわよね」
 にやりとアスカが笑う。
「えっ? まさか……」
 リツコが唾を飲みこむ。
「地対地ミサイルあるわよね」
 アスカが、確認を取る。
「あるけど、それを撃ちこむの? 人が死ぬわよ」
 リツコが慌てる。
「弾頭の火薬を減らせば、そんなに被害は出ないわ」
「無茶言わないで。火薬を減らしたところでミサイルの直撃を受ければ、周囲にいた人間は助からないわ」
「刑務所だからって、どこにでも人がいるわけじゃないでしょ。空き部屋ぐらい有るはずよ」
 リツコの懸念を、アスカが一蹴する。
「そりゃあ、そうだろうけど、どこかわからないわよ。情報が入ってこないから」
 ミサトが言う。
「訊きなさいよ。加持さんに。加持さんが、じっと捕まったままなにもしないとは思えないわ」
 アスカが、告げる。
「なるほどね」
「なに納得しているのよ、ミサト」
 うなずいたミサトに、リツコが制止の声をかける。
「あの加持よ。きっとなにか情報を握っているはず。今は役に立たない情報でも良いじゃない。いつか必要になるかも知れないし。なによりも現状を打破する妙手がないんだから、なんでもやってみなければ仕方ないでしょ」
 ミサトが力強く言った。
「ふうう。わかったわ。溺れるものは藁にも縋るだけど、やってみましょ。どっちにしろミサトがいても役に立たないしね」
 リツコがため息をついた。
「酷い」
 ミサトが膨れる。
「会いたいんでしょ? アスカに遠慮していることぐらいわかっているわ」
 リツコがほほえむ。
「あたしは、べつにあんな男なんか……」
 ミサトがあたふたと手を振る。
「無理しないでいいわよ。加持さんは、ミサトに任せるから。その代わりシンジに手出ししたら殺すわよ。あの舌を入れたキスのことは忘れてあげる。シンジの舌を消毒するけどね」
 アスカも追い打つ。
「あんまりよ……」
 ミサトが真っ赤になる。
「でもね、ミサト。逢い引きに舞いあがるんじゃないわよ。なんか手にしてきてよね。蟻の一穴で良いわ。そこを押し破れば済むことだから」
 アスカが、ミサトを見る。
「わかっているわよ。見てなさい、奇跡は起こして初めて奇跡と呼ばれるんだから」
 ミサトが胸を張る。
「あなたたち似てきたわね」
 リツコがからかう。
「な、なんで、アタシがミサトと……」
 アスカがおたつく。
「無茶でも通してみせる実行力と、好きな男に素直になれないところなんか、そっくり」
 リツコがあきれたように肩をすくめる。
「違うわよ。アタシは変わったんだから、シンジに会えたらちゃんと謝る。そして、好きって告白する。でも、アタシシンジにむごいこと一杯言ったから……」
 勢いのあったアスカの声がすぼんでいく。
「大丈夫。シンジ君はアスカのことを本当に好きなんだから、心配しないで。さあ、マヤ、仕事に戻るわよ」
「はい」
 リツコが、マヤに告げてMAGIに向かう。

「さて、あたしは加持への面会申請をだすか」
 ミサトが、第二発令所を後にしようとする。
「ちょっと待って、ミサト」
 アスカが呼び止める。
「なに? 」
 首だけでミサトがふりかえった。
「今日からシンジの部屋に住んでいい? 」
 アスカがか細い声で尋ねる。
「やれやれ、やっと言いだしたのね。もっと前に頼んでくると思っていたのに」
 ミサトが微笑みをアスカに向けた。
「場所は知っているわよね? 好きにしていいわよ」
「鍵は? 」
「そんなもんアスカがシンジくんを追いかけるって言った日に調整してあるわよ。アスカのIDカードで開くようにね」
「……アリガト」
 アスカが小さな声で礼を口にする。
「シンジくんが出ていったときのまま、何一つさわってないからね」
「うん」
「しばらくの間だけだけど、シンジくんの面影を思い出すと良いわ」
 ミサトが、アスカの側まで来た。そっとアスカの肩を抱く。
「しばらくの間ってどういうこと? 」
 ミサトにもたれかかりながらアスカが訊いた。
「シンジ君が帰ってきて一緒に住むには単身者用じゃ狭いでしょ? すぐに夫婦用に引っ越すことになる。それとも、アスカはシンジくんとべったり一緒にくっついていたいから、単身者用がいいかなあ? 」
 ミサトがいつものからかいを始める。
「うっさい。そんなことばっかり言っているから、ミサトはずっと単身者なのよ」
 真っ赤になったアスカが反撃に出る。
「言ったわねえ」
「30越えて独身の癖に」
「あら、それは私に対する嫌みかしら? 」
 リツコが冷たい声で割りこんできた。
「急にMAGIのメンテナンス作業をしたくなってきたわ。今は人手がないから、そうなると2週間はシンジ君の捜索ができなくなるわね」
「ごめんなさい」
 アスカが大きく頭をさげた。
「素直になったわね」
 リツコがつり上げていた目を柔らかくした。

 国連事務総長グローバル・ハインツは、不機嫌であった。
「せっかく話を持ちかけてやったのに、なにを考えているんだハワイは。独立のチャンスだというのに」
 世界の救世主、碇シンジをハワイに永住させる。ハインツはそう考えてハワイ州知事に打診をしたのだが、断られたのだった。
 テレビ電話の普及で直接会わなくても話はできる。声だけの電話と違い、相手の表情が見える分、外交としてはやりやすくもあり、やりにくくもあったが、ハインツは持ち前の手腕を総動員してハワイ州知事の説得に挑んだ。が、アメリカの報復を恐れたハワイ州知事は、ハインツの甘言にのっては来なかった。
 聖地と認定されれば、国連本部も移転させ、国連軍の司令部も設置しなければならない。
 ハインツがハワイを選んだのは、世界的な規模を持つアメリカ海軍の真珠湾基地と空軍基地があるからだ。
「アメリカから独立しても、彼がいるかぎりやっていけることは間違いない。従来のリゾートとしての観光客だけではなく、碇シンジの声を聞くために世界中から人がやってくる。宿泊費、食費など、彼らが落とす費用は莫大なものになる。入国税でも取れば、ハワイは石油産出国並の収入を得られるというのに」
 ハインツはいらいらと足を早める。
「急がないといつ私の解任動議がでるかわからない。サードインパクトの衝撃からまだ各国が立ち直らない内に、サードチルドレンを中心とした体制を作りあげ、私の存在を無二のものにしなければならないのだ」
 一人で不満をぶちまけながら、ハインツは建物の最上階へ通じるエレベーターの前についた。
「これは、閣下」
 エレベーターの前には二人の屈強な警備員が立っている。警備員がハインツを認めて一礼した。
「ご苦労だな」
 ハインツはねぎらいの声をかけてエレベーターに乗りこんだ。
 エレベーターは五階に直通とされている。間の階で止まることはない。
 軽い音をたててエレベーターの扉が開いた。
「閣下」
 下から連絡が行ったのか、扉の前にはガードマンが整列している。
「まさか、サードチルドレンに誰もついていないのではないだろうな」
 ハインツが声を荒げた。
「二名側におります」
 警備主任が答える。
「馬鹿が、サードチルドレンの重要さを考えてみろ。私を迎える暇があったら、警備状況の確認でもしろ」
「はっ」
 怒鳴りあげられて、ガードマン達が散っていった。
「まったく、どいつもこいつも……」
 不満を口にしながらハインツは、廊下の突き当たりにある部屋へと入った。
「ご機嫌いかがかな? 」
 ヘッドホンを使って音楽を聴いていたシンジは、声をかけられてはじめてハインツの来訪に気づいた。
「こんにちわ」
 ヘッドホンを外すと、立ちあがってシンジは頭をさげた。
「そのまま、そのまま。また、音楽ですか? 」
 ハインツは愛想笑いを浮かべながら、シンジの向かいのソファに腰を下ろす。
「他にすることもないので」
 シンジが寂しそうに笑う。
「ご入り用なものはなんでも言ってくれていいのですよ。退屈ならゲーム機でもいかがです? 」
「ありがとうございます。でもゲームはやらないもので」
 シンジが首を振る。
「そうですか。なにかあれば、側におります者に一声かけてください」
「はい」
 シンジは、軽く頭をさげた。
「あのう……」
 おずおずとシンジが口を開く。
「なんでしょう? 」
 ハインツがにこやかに笑いながら訊く。表情と裏腹に眼は笑っていない。
「僕はいつになったら学校に行けるのでしょうか? 」
 シンジが尋ねる。
「もう少し待ってください。受けいれてくれる国がまだ未定なのですよ」
「なら、決まるまでの間、近くの中学校に行かせてもらえませんか? 勉強が遅れてしまうので」
 シンジがハインツの顔色を伺う。
「もうしわけないですが、警備上の問題でそれはできません」
「そうですか。すいません。無理を言いまして」
 ハインツの拒否にシンジは肩を落とす。
「家庭教師をよこしましょう」
 ハインツがいかにも名案とばかりに口にした。
「そこまでして頂かなくても、なんとか自習します」
「いやいや。そこに思いのおよばなかった私が、たりませんでした。すぐに手配させます」
 ハインツは、携帯電話を取り出すと、家庭教師の手配を命じた。
「優秀な者を選定し、数日中に始められるでしょう」
「ありがとうございます」
 シンジは、礼を述べた。
「ネルフのみんなは元気なのでしょうか? 」
 シンジは、ハインツに問いかけた。
「ええ。そのように聞いています」
「よかった」
 シンジは、うれしそうに微笑む。
「あのう、ミサトさんに連絡を取りたいんですが……」
「それは駄目です」
 シンジの願いを、ハインツはあっさりと潰した。
「あなたがここにいることを知らせることはできません。テロリズムの標的になっていることを忘れないでいただきたい」
 ハインツがきびしい声で言う。
「すいません」
 シンジが小さくなる。
「あなたはこれから復興していかなければならない人類の希望なのです。庶民達とは違うのだという自覚をお持ち願いたい」
「…………」
 シンジは俯いてしまう。
「やたら葛城ミサトのことを気にしますが、まさか男女の仲だとか? 」
「いえ、違います」
 シンジが首を振る。
「ミサトさんには、加持さんがいますから」
「加持? あのゼーレのスパイだった」
 ハインツが、シンジを睨むように見る。
「…………」
 シンジは再び下を向く。
「葛城がゼーレと関わりがある可能性が出てきましたね。これは調査の必要があるでしょう」
「待ってください、ミサトさんはけっして……」
「では、失礼しましょう。おい。ガードをしっかりしておけ」
 シンジ必死の言い訳も聞こうとせず、ハインツは部屋を出た。
 その背中を見送りながら、シンジは唇を噛む。
「アスカ……」
 そのつぶやきは小さく、ガードの耳には届かなかった。

 廊下を歩きながら、ハインツの顔がゆがんだ。
「面白くなってきたぞ。葛城を追い落とすことができるかもしれない。あいつには、痛いめに遭わされたからな」
 ハインツは、携帯電話に手を伸ばした。

 加持との面会の日、ミサトは久しぶりに気合いの入った格好で出かけた。
「なに着ていけばいいのかしら? 」
 前日そわそわするミサトにリツコはあきれた。
「お見合いに行くわけじゃないのよ。ドレスというわけにはいかないでしょう」
「でもネルフの制服じゃ、味気なさ過ぎるし」
「まったく、デートの気分なんだから。ほら、あの紺色のスーツ。あれなら派手すぎないし、かといって堅過ぎもしないわよ」
 リツコが、アドバイスする。
「あれねえ、ちょっと辛いのよねえ」
 ミサトが頭を掻く。
「スカートが入らなくなったのね」
「えへへへへ」
「無様ね」
 リツコの目が冷たい。
「お酒をちょっとは控えなさいよ。30越えたら崩れた体形を元に戻すことは、タキオン粒子を手で捕まえるのより難しいのよ」
「ううっ。リツコが苛める」
 そんなこんながあって、ミサトは茶のワンピースの上に麻のジャケットを羽織って、国連軍刑務所に加持を尋ねた。
 ミサトの運転する車は、三度の検問所で止められ、ようやく刑務所の門を潜ることができた。
「なにこれ。刑務所というより要塞じゃない。検問所には小隊規模の軍勢が駐留していたし、ここには重火器を据え付けた監視塔がざっと見ただけで8カ所にある。門だって歩兵携行型のミサイルじゃ破れない厚さ。中からの脱走をじゃなく、外からの奪回を気にしているわけか」
 車から降りて面会所まで順路どおりに進みながらもミサトはあたりの観察を怠っていない。

 面会所への扉も窓一つ無い丈夫な複合装甲を施されたものであった。
「葛城ミサトさんですね。ここに所定の事項を記入してください」
 刑務官からだされた書類にミサトは、名前職業などを書きこんでいく。
「加持リョウジは、クラスBの服役者ですので、一回あたりの面会時間は10分です。それと、同一人物による面会は、三ヶ月経つまでできません」
 刑務官が淡々と言う。
「えええ、次は三ヶ月も会えないんですか? そんなあ」
 ミサトがわざと拗ねたように訊く。
「彼が人類を滅ぼそうとしたゼーレの手先であったことをお忘れ無く」
 刑務官の言葉は冷たい。
 書類を書き終えたミサトに、刑務官が告げる。
「では、身体検査をおこないますので、左のドアからでてください。女性の刑務官がいます。その指示に従ってください」
 ミサトは、隣の部屋で素っ裸にされた。
「衣服をあらためますので、しばらくお待ちください」
 女性の刑務官は、下着まで持って行ってしまった。
「裸でほったらかさないでほしいわねえ」
 ミサトは両腕で胸と股間を押さえながらぼやいた。
「こちらへ」
 戻ってきた女性の刑務官がミサトを呼ぶ。
「レントゲン検査を受けていただきます」
 連れていかれたのは、なにもないグレー一色の医務室である。
「そこに立ってください。両腕を身体の横に垂らして」
 ミサトは、何一つ隠すことのできない状態にされた。
「どうぞ。着てください」
 衣服を返してもらったのは、30分近く経っていた。

「第二面会室です。ついてきてください」
 女性刑務官に連れられてミサトは、6畳ほどの小部屋に入った。
「しばらくお待ちください」
 女性刑務官が出ていったのを見送って、ミサトは部屋の中をじっくりと見た。
「中央の仕切は、不透明な高分子化合剤か。真ん中に強化ガラスを挟んでいるわね。銃弾どころか手榴弾でも破壊できそうにない。壁はチタニウム合金かしら。床も天井も破れそうにないわねえ」
 ミサトは、仕切の脇に目をやった。
「受話器か。電話線を通じてしか会話させないわけね。これなら、録音も簡単だしなにより内緒話ができないものねえ。お互いの顔もモニター越しでしか見れないわけ」
 ミサトは感心した。これなら手話とかを使った合図での会話もできない。
「では、今から10分です。延長は認められません。また、不適当な会話が認められたときは、直ちに面会を中止し、今後一切の面会を許可できなくなりますので」
 女性刑務官の声が、部屋に響く。隣の部屋あたりで監視しているのだろう。
 ミサトは受話器を手にした。モニターに懐かしい顔が映る。
「よう、葛城じゃないか。久しぶり」
 トレードマークの無精髭も長髪も無くなっていたが、モニターに映ったのは紛れもなく加持だった。
「馬鹿」
 ミサトは、胸に詰まるものを感じて、なにも言えなかった。
「おい、時間がないんだぜ。声を聞かせてほしいんだがなあ」
 加持が、モニターの向こうで寂しそうに笑っている。
「あんたは、あんたは、あんたはどうして、あたしが側にいて欲しいときに手の届かないところに行っちゃうのよ」
 ミサトが泣き声で告げた。
「済まない」
「8年前に言えなかった言葉を、いつになったら聞かせてくれるの? ねえ。加持、あたしもう30歳になっちゃったのよ」
「すまん。でも、俺は犯罪者だからな。それも全人類を滅ぼそうとした悪の秘密結社のメンバーとして裁かれている。葛城、おまえをしばるようなことは、もう言えない」
 加持が、頭をさげる。
「あんたはだから、馬鹿なのよ。女の気持ちなんていつもわかっていない。あたしが、あの留守番電話の声を何度聞きなおしたと思っているの? あたしは、もうあんたにしばられているのよ」
 ミサトが、優しい声で言う。
「いいのか? 葛城」
「馬鹿、言う言葉が違うでしょ」
 ミサトが加持を叱る。
「待っていてくれ。そして、一緒になって欲しい」
 加持が真剣な声をだした。
「これ以上は待たないからね。でないと、アスカに先越されてしまうわ」
 うれし涙を浮かべながら、ミサトの目が光った。
「アスカも元気か? 」
 加持が小さくうなずく。ミサトの意図を理解した証拠である。
「ええ。綺麗になったわよ」
「だろうな。あの頃の年頃の女の子は、ちょっと会わない間に変わるからなあ。で、相変わらずシンジ君には素直じゃないんだろ? 」
 加持が、さりげなくシンジの名前を出す。
「あら知らなかったの? シンジくんは国連へ所属が変わって、第三新東京市から引っ越したのよ」
「そうなのか? なんせ浮き世と隔絶したところにいるからなあ。じゃ、アスカとシンジ君の間にはなにか約束でもできたのかい? 」
「じゃないのよね。アスカったら結局シンジくんが居なくなるまで、自分の気持ちに気がつかなかったのよ」
「アスカらしいな」
 加持がモニターの向こうでほほえんでいる。
「でも、アスカは気づいたんだろ? 」
「ええ」
「だったら、アスカは黙って待つような子じゃないはずだ。追いかけていったんじゃないのか? 」
「それが、シンジくんの居場所がわからないのよ」
 加持の眉がほんの一瞬だけ動いた。
「それじゃあ、アスカ荒れているだろ」
「もう大変。アスカを抑えるのに手が足りないの。加持、懐いているあんたに手伝って欲しいぐらいだわ」
 ミサトが嘆息してみせる。
「あはははは。そりゃあ、できない相談だな」
 加持が笑う。だが、瞳は笑っていない。
「全部、シンジ君が決めたことなんだろ? 」
 真剣な顔で加持が訊いた。
「そうなのよ。だったら待っているしかないんじゃないかな。14使徒だったか、ネルフを去ると決めたシンジ君が帰ってきて倒したやつは? 」
「ええ。シンジくんが取りこまれたときの話でしょ」
「あの時のシンジ君は男の顔をしていたぜ。男という者は、護るべき女を見つけたときは、無限に強くなれるものだ。本部から見て東北のシェルターだったか? シンジ君が避難していたところは。5時頃だっけな、弐号機がやられたのを見て走ってきたシンジ君の顔は、決意にあふれていたぜ。シンジ君はいつだって逃げださなかった。今度も心配しないで吉報を待っていろとアスカに伝えてくれないか」
 加持が瞳に意思をこめてミサトに言った。
「わかったわ。ねえ、加持」
「なんだい? 」
 ミサトの声がいっそう甘くなる。
「男の顔しているわよ、あんたも」
「俺にも護らなきゃいけない女ができたからな」
 二人が顔を見あわせて笑ったとき、無粋な声が会話に割りこんだ。
「時間です」
 ミサトは加持に別れを告げて、国連軍刑務所を出た。

 シンジが数ヶ月すごしていた部屋にアスカが移って一週間が経っていた。アスカは、食事と洗濯など必要最低限のことをする以外、部屋から出ようとしなかった。
「もうシンジの匂いさえ残っていない……」
 アスカは泣きそうな声を出した。
 シンジのベッドで寝ようが、シンジの枕に顔を埋めようが、アスカの記憶にさわる香りは感じられなかった。
「馬鹿シンジ……馬鹿はアタシか。シンジの覚悟に気づかないだけじゃなく、その計画にのせられるなんて。13歳で大学を卒業した天才少女が聞いてあきれるわ」
 アスカは、ベッドに仰向けになってつぶやく。
「窓もない、ワンルームの部屋。ここでシンジはなにを思って生活していたんだろ? 」
 アスカがヒカリや親しくなった級友達とお茶をしたり、ショッピングをしたりしているときもシンジは一人きりだった。
 親友だったトウジとケンスケも離れ、学校とこの部屋を往復するだけの毎日。アスカは、心がきしむ痛みに涙を流した。
 アスカは、起きあがって部屋を見まわす。
 シンジは今までに得たもの全てを置いて行った。机に本棚、ノートパソコンに衣服、そしてチェロ。
 なにかないかとアスカは引っ越した日に隅々まで調べたが、アスカに関わるものは何一つ残されていなかった。
 ノートパソコンには、一学期の最終の授業の内容まで残されていたのに、かつて仲が悪くなる前にアスカからシンジへ送ったメールなどは消去されていた。
「アタシのことを全部吹っ切ったというの? 」
 アスカは、毎日自分が踊らされていたとはいえ、どれだけシンジを傷つけていたかを思いだして、眠れない日を過ごしていた。
「ごめんね、ごめんね」
 アスカはすでに手の届かなくなった二人に謝り続ける。
 エヴァンゲリオン弐号機のコアとなってずっとアスカを見守り、最後の量産機との戦いでは自らを喰われながらも娘の命を守り抜いた母キョウコ。
 死戦を共に戦う仲間として、高温のマグマにとびこんだり、エヴァンゲリオンに取りこまれたり、何度も命をかけてアスカの身体を救い、戦いの後は壊れかけたアスカの心を守るために、おのれの精神を傷つけることを恐れなかった男シンジ。
 アスカは母に死なれた日から決めた泣かないという誓いを破り、誰も見ていない部屋で涙を流し続ける。
「ママに会うことはもうできないけど、シンジには会える。いえ、きっと会ってみせる。たとえシンジが他の女に心奪われていても、アタシはあきらめない。どんなことをしても取り返してみせる」
 アスカは、女の顔になった。
「護られることの辛さを教えておいて、そのまま逃げるなんて許さない。シンジ、アタシは黙って護られているだけの女じゃない。アタシだってアンタを護れるんだから」
 アスカは、力強く宣した。

続く???

 後書き
 護られし者の三作目になります。続きを書けとおっしゃってくださった方がおられたので調子に乗ってしまいました。
 お読みくださった方と掲載してくださっている管理人様に深甚の感謝を捧げます。
初出: 2005.08.10
Author: タヌキさん
タヌキさんより"護られし者の~"の続編を頂きました。
わーごとうこうありがとうございますーほんとうにうれしいですー。
すごくつづきがきになりますねーたぬきさんがんばってー(棒読み)
じゃなくて…。
ヤッタ!!続きだぁ~♪と、喜んだのもつかの間、まだ…終ってないのね…(涙)
何だかもう、やきもきするから早くシンジ君を連れ戻してくださいと切に願うのは私だけですか…?
(いや、ホンキでそう願います。タヌキさん。)

そんなわけで続きを熱望される方は是非是非タヌキさんにご感想を!!
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