光と闇が交互に踊る。
巨大な羽が光を遮り、闇を生む。
ゆったりと回るその影は、追いかけっこを楽しむ子供のように、
影が光を追って、そして光が影を追う。
流れるスポットライトに照らされるように、足から体へ、体から顔へと光も踊る。
何もない部屋にあっては、この人物の如何に優れた隠密性をもってしても、姿を隠すことはできない。
乾いた金属音と擦過音が、風の音だけしかない部屋に響き、そして橙色の新たな光が宙を舞う。
その光は靄を生み出すが、その靄も光と影の踊りに誘われるまま、羽の元へと消えていく。
ただそれを繰り返す。
耳障りな音とともに、別の光が一つの影を伴って、現れる。
「よぉ、遅かったじゃないか…」
タバコを床に落とすと、そのまま踏み消す。
流れる光に僅かに写る男の顔。
「すいません、こんなところに呼び出しておきながら、遅れてしまって…」
新たに現れた影は、既に居た男の声より少し高く、少年のよう…
「いや、かまわんさ… っで用件はメールの通りか?」
「教えてください…僕だって、普通のカップルみたいに…」
影の手が強く握られ…そして、震える。
「 『起きて♪ご飯冷めちゃうよ?』 なんて、起こしてもらいたいんです…」
「…男の夢だからな、」
男が溜息とともに、羽を眺める。
その隙間の向こうに見える緑を目に焼き付けるかのように…
羽が3つ程回る間、ただ時間が流れる。
「いいだろう、彼女には貸しがある…」
男は影の方に向かって歩み寄っていく。
パタパタ…パタパタパタ…
急ぎ足のシンジの足音。
それを聞きながら、アタシは待つ。
さっきまで響いてた水音も止んで、今は時折聞こえるだけ。
くちくなったお腹に釣られるように、瞼が重くなってくるけど…
今日は寝るわけにはいかないのよっ!!!!
一昨昨日の夕飯後、急ぎ足で片づけを終えてから、シンジは部屋に引き篭もってたし。
あの日のシンジは、お昼前くらいから考え込んでて…尚且つ!時折頬をだらしなく緩めていたり、真っ赤になったり。
アタシの予測が正しければ…今週はアレを開いて、書き込んでいたはず。
残念ながら…一昨日、昨日は侵入を試みるも、Nervの用事で手間取るアタシは、シンジより先に帰ることができず。
さらにアイツはアタシが寝付くまで風呂に入らず、部屋に篭ってしまう。
パタパタパタパタパタ…音がさっきまでより大きく聞こえ、そして遠ざかる。
家事を終えたようね。
スーッ…スーッ、タン…襖の擦れる音。
アタシの部屋の襖の音じゃない。
カタカタ、ッタン…あれは箪笥を開ける音。
間違いない…
スーッ…スーッ、タン…襖の擦れる音。
ちゃぁ〜んす…
パタパタパタパタ…
「じゃぁ僕、お風呂に入るから」
返事を待ってるのかリビングの境でボケーっと突っ立ってる。
アタシは、それを目の端に捉えてても、返事はしない。
ドラマに集中してるフリをしなくてはいけないからだ。
「…アスカ? もしかして、寝ちゃった?」
何故か、少し泣きそうにも聞こえる小さな声。
なんで? アタシが寝たら、残念っての?
ゆっくりと静かに、足音を殺してアタシに近寄ってくる。
アタシの顔を覗き込むようにそーっと…
「起きてるわよ」
よし。
我ながら突き放す言い方ができた。
突然の声に立ち止まり、慌てて飛び退く。
「ぼ、僕さ、お風呂に入るから…」
「わざわざ言わなくったっていいわよ、さっさとしなさい」
振り向かずにその場で怒鳴ってやると、途端にバタバタと後ろで物音がして…
風呂の扉が閉まる。
物音を立てないようにそぉーっと立ち上がり、洗面所の前でシンジの様子を確認。
シャワーの水音を確認する。
…問題なし。
そのまま忍び足でシンジの部屋に…
目的の机に到達。
机の一番下の引き出しは鍵がかけられている。
いわゆる、シンジの金庫。
でもお金が入ってるわけでもないし、アタシの目当てはそれではない。
一番下から一つ上の引き出しを外して、底板をずらす。
シンジも相変わらず馬鹿よね。
簡単に外せるって解んないんだから。
ずっと前に、アタシがそこに隠されてたアルバムから、ファーストが写る写真を全部処分したってのに気付かないし…
引き出しの鍵を内側からはずして、引き出しを出す。
中身を出して…二重底を外してさらに奥に収まってるノートを取り出す。
フフン、どんなの思いついたって、あらかじめ知ってれば恥ずかしさも耐えられるのよ…
駄目出しして焦らしてやる。
ノートを開いて最初の方には…アタシに告白しようと悩んでた頃に書いてた物。
どういう言葉で告白しようかって、ガラにもなくクサイ言葉を頑張って考えてた名残りがあって。
さらに、そのシチュエーションまで、舞台台本みたいに書き込んである。
まぁシンジにしては、いい出来だったわね。
このノートの存在を知ったのは、それから結構経ってからなんだけどね。
シンジを呼びに部屋に入ったときに、たまたま机の上に出しっぱなしになってただけだけど。
最近このノートは…プ、プロポーズの言葉に…変わってて…
言葉にするのって…結構、恥ずかしいわね、
とは言っても、シンジの選ぶ言葉はけっこう外してるのが多い。
この前はかなりいまいちだったわよね…
だって、アレよアレ!
「僕は…毎朝、アスカの作ったお味噌汁が飲みたいな…」
って、それも自分で作ったお味噌汁を飲みながらよ!?
そういうのは、アタシが作った時に言うもんでしょっ!
っとに…まさか、あの状況で言い出すとは…
まぁ、前回がアレだけに今回も期待してないけど、念には念を。
パラパラとめくって最後に書かれた分を探す。
あった、これね。
告白まであんなに待たせた罰よ…今度もぜったいにっ!ダメ出ししてやる!
愛してるって、
<中略>
をください
読み終えてアタシは…その出来栄えに、驚いてしまった。
シ、シンジにしては上出来じゃない。
思わず頬が熱くなってきちゃったじゃないのよ…。
シチュエーションは書いてないけど…、これなら日常の中で言っても不思議じゃないわね。
これを、面と向かってドモらずになんてことになったら…即座にウンって言ってたかも。
さて、これをどうやってダメ出しするか…
いつもの書き込みが周囲に書かれていない。
シチュエーションが書いてない以上、急に仕掛けてくる可能性もあるわね。
注意しな…
「ふ〜ん、アスカのそんな反応は初めて見るよね」
い…とぉぉぉぉっ!????
急にかけられた声に振り向けば…ミサトばりに嫌らしい笑みを貼り付けたシンジがいた。
謀られた!?
「アスカが、それを覗いてることはずっと前から知ってたんだよ?」
シンジに気付ける筈がない!?
それともアタシに落ち度が!?
「何でかって、顔してるね。
だってノートの端に、ポテトチップの油がついてたんだよ」
くっ…シンジのくせに…
アタシの頭脳が急速にこの不利な状況を覆す方法を考え始め…るより先にシンジに先手を取られた。
「今なら…『そんな台詞じゃダメよっ!』なんて言われずに済みそうだね」
その挑発的なシンジの言葉にアタシの血が上ってくる。
「アタシをだました、わ…ね…」
座り込んでいたアタシの前にきて、目線を合わせるようにしゃがむシンジに、アタシの言葉は途切れてしまう。
別の意味で血が上ってくる…
アタシは怒ってる顔をしてるつもりなのに…きっとアタシの顔は真っ赤になってる。
くっ…シンジに主導権を握られるなんて、この惣流・アスカ・ラングレー生涯最大の失敗よ!
それなのに、アタシの口からはシンジを責める言葉が出せない。
目の前で、いつになく真面目な表情のシンジがいるから。
そして、アタシの両肩に手を添えて、軽く引き寄せる。
シンジの目が…アタシの目を捉えて離さない。
考えが…纏まらない…っく、落ち着けアタシ!
って、言ったくらいで落ち着けたら…
「それに書いてあるとおり言うよ…」
少し紅く染まった頬が、シンジも照れてるって教えてくれる。
なのに、目は真剣で…
いつもみたいにアタシの様子を窺ってるとか、そんなんじゃなくて。
「愛してるって、言葉で言うのは簡単だよね。
だけど、僕はまだその意味がわからないんだ。」
シンジも緊張してるのよね…アタシの服の方の部分が、少し湿ってる感じ。
手に、いっぱい汗でもかいてるのよね…
「愛してるからこそ、幸せになってほしくて身を引く。
これもその通りだと思う。
僕よりその人といるほうが幸せになれるなら。」
微笑んでて…でも、ほんの少しだけ残念そうに話して。
そして、視線をずらす。
悔しいけど…見事にシンジの作り出す世界に呑み込まれちゃってる。
「きっと、間違いなくそうなんだと思う。」
アタシの肩を握る手に少し力が入ってる。
その姿が寂しそうに見えて…そんなことないっ!!!って、思わずブンブンと首を横に振ってしまう。
シンジはそれを見て、もう一度アタシの目を見つめてくる。
「だけど、もうひとつあると思うんだ。
だって…運任せだよね。」
シンジの顔がもう一度、引き締まったものに変わる。
「その人が心変わりをするかも知れないし、僕にはそんな未来のことわからないから。
だけど、僕が幸せにするのなら、努力すれば変わるから。
人に任せたら自分がどんなに努力しても変わらないから。」
強い意志が込められた言葉。
そんなものは信じられないから…って、
「だから、僕に君を幸せにする資格をください。
運なんてデタラメな物に頼らなくても良いように、僕に努力するチャンスをください。」
アタシの肩から手が離れ、両手を包む。
ゆっくりとシンジの顔が俯いて、見えなくなってく。
「大好きな、愛するアスカが幸せでいられるように…」
でも、その前髪の隙間に見える目は、ぎゅっと閉じられてて…まるで、判決を待つ被告みたいに。
ぁ…もう、ダメかも…上った血が、アタシの思考を邪魔してる。
『ダメよアタシっ! ここで頷いたら主導権とられちゃうじゃないっ!』
なんか、もうどうでも良いかも…
『断れば、またこういうカッコいいシンジが見れるのよっ!』
無理よ…シンジのこんなに格好良い所なんて、何度も見せられたら逆に…
「うん、って頷いてくれないの? アスカ…」
俯いたままのシンジの悲しそうな声。
それを聴いた瞬間に…アタシの心も悲しくなって…
せっかくシンジが頑張ったのに…
でも…いいの?
だけど、シンジのその目が、アタシを捉えた瞬間…反論する意思を無視して体は頷いしまった。
途端に、シンジの顔が急速に明るくなってきて…
少し涙が浮かんだ顔を隠す様に、片手でアタシを抱きしめてくれる。
「ありがとう、アスカ」
もーだめ。
どーでもよし。
アンタに溺れてやるわよ。
「感謝しなさいよ…」
耳元でシンジの髪が揺れて、アタシの耳の裏を撫でる。
くすぐったいのに気持ちよくて、アタシはシンジの手を解いてその胸元をぎゅって握っちゃってる。
ドラマみたいでいいかも…
ゴソゴソ、カタッ、ゴソゴソ…
なんて思ってたのに…
シンジが片手で、何かをゴソゴソと捜してる音がする。
折角なんだから…両手でしっかりとアタシを抱きしめてほしかったりするのに…
それが無性に気になって、また別の意味で頭に血が上ってくる。
『ここがチャンスよっ!主導権を取り戻すのよっ!』
確かに、いいムードだったのに…
ムカついてきた。
「馬鹿シンジ!」
突き飛ばしたと同時に叫んだつもりだったんだけど、アタシの左手はシンジに優しく握られてて…
そして、シンジの手にはいつの間にか光るものが…
「アスカもさらに隠底にしてあるのには気付かなかったんだね」
アタシの左手の薬指にそっと近づけられてくるそれが…もう一度、熱さを別のものに変えてくれる。
『なにそんなことくらいで負けてるのよっ!アタシっ!主導権はどうする気よっ!』
…うっさいわね、どうでも良いわよ。そんなの。
だって…
「ひとつお願いがあるんだけど? 良いかな?」
もう、その予約権が欲しくてどうでも良くなってるアタシは…
何でもいいなさいよ、それよりも…早くそれをよこしなさいよ!
って、頷いてる。
「これから…炊事洗濯とか…アスカがしてくれる?」
「そんなことくらい、いくらでもやったげるわよ」
自分で言うのもなんだけど…即答。
だって、これでシンジがって…
薬指に感じる冷たさが、さらに頭を熱くさせて…
…失敗に気づいたのは、翌日の朝。
「なんで朝ご飯の用意ができてないのよっ! 馬鹿シンジっ!」
そういうアタシに、取り出したのはDAT。
それを再生されて、アタシはようやく気づいた…
「惣流・アスカ・ラングレーたる者が、約束を破るの?」
と、ニヤリ。
シンジの癖に、アタシを嵌めるとは…
この日からアタシには料理(花嫁)修行という名の特訓が課せられたわけなのだが。
翌日の夜。
いつもより少し早めにお風呂から出たら…
『加持さんっ!やりましたよっ!成功しましたよっ!』
シンジのヒソヒソ話す声が襖の隙間から聞こえる。
加持さん?
まさか…あの時のは…
『えぇっ!ありがとうございますっ!これで…僕も家事から…』
そう、そういうこと…
ふふ〜ん…アタシを嵌めた張本人は…
そういうことか。
〜○ヶ月後
この数ヶ月間続いた早起きの習慣で、アタシは隣で寝るシンジよりも少し早く目を覚ます。
いつも通り…コイツは幸せな夢を見てるのか、幸せそうに寝てる。
くくく…今日で…これで、アンタの策略はお終いよ? シンジ?
さて、もう一眠りしよっと。
目覚ましのアラームをOFFにしてっと、
昨夜は…疲れちゃっ…たし…
次の瞬間、アタシの記憶は途切れる。
………
モゾモゾと目の前で動いてて…
ん〜、シンジが起きたのね…
もうちょっと、静かにしなさいよぉ…
「なんだよっ! なんでこんな時間っ!? アスカっ!!! 寝坊したなっ!」
「…うっさいわねぇ」
目を開けると、怒ってるっていうより、拗ねてるシンジが目の前に。
目覚まし時計を抱えてて…
「見ろよっ!もう10時だよ!完全に遅刻だよっ!!」
「…そ、」
「なんで起こしてくれないんだよっ!」
「だって、そんな約束してないわよ」
アタシの言葉が理解できないのか、固まっちゃって。
馬鹿ね…アンタはアタシに嵌められたのよ。
思わず顔が綻んじゃうわよねぇ。
「そ、そんな…だって…」
「理由を聞きたい?」
カクカクって首が玩具みたいに。
多分、今のアタシの顔は司令ばりの笑顔よね。
アタシを見てなんとなく解ってきたのか、シンジの顔は引き攣ってるし。
可哀想だから、教えてあげるわよ。
「約束したのは、昨日までの惣流・アスカ・ラングレーであって、」
そこで敢えて言葉を切る。
わざと反論をさせるためだ…そして、コイツはこういうのよ…
『そんな屁理屈でっ!』
「そんな屁理屈でっ!」
予測通りね…
甘いわ、シンジ。
ちゃんとトドメはささないと駄目なのよ。
「それとも、碇アスカでいるのをやめて欲しいの?」
〜余談という名のおまけ
「葛城…これを…喰えと?」
加持の前には、緑色をした一風変わったカレー。
普通に見たならば、緑黄色野菜カレーであると思うのだが…
「アスカからの命令なのよぉ、我慢して食べてね」
製作者が違う。
歩く毒物精製機。
「まさか? いや、最近はなにも仕掛けてなかったぞ!?」
弱みを握られているのか…ミサトもアスカには逆らえない様子。
「シンちゃんのプロポーズの時だって」
「あ、あれかっ!!! って、まて!時効だろ!! それに、この匂いは危険だぞ!?」
一瞬で記憶を遡り、その事情を把握できるのは流石なのだが…
「大丈夫よ、ちょ〜っち香辛料たーっぷり入れただけだし。隠し味は内緒だけどね♪」
「まて、助けてくれミサト!」
「…悪く思わないでね」
〜さらに妄想おまけ
アタシの策略は成功したのだが…
結局翌日から、また朝食を…
何故って?
ベットで実力行使されたのよっ!
っで、言わされたのよっ!
うぅ…
でもねっ!アタシはKに負けたわけじゃないのよっ!
シンジに負けたのよっ!
シンジがあれほどタフだなんて…むぅ…
今夜も…う〜っ
これを覆す、策を練らなければ…