日記を読み進めて来たアスカは、ユニゾンのとき、シンジを自分は異性として意識してなかったことを思い出した。
空母の上で出会い、ダブルエントリーして、使徒を倒した。
アスカはシンジを同僚として認めはしたが、男として見てはいなかった。アスカにとって男とは、包容力がなければならなかったからだ。
4歳にならずして父親と決別したアスカは、きわめて特異な形のファザーコンプレックスになっていた。
父親に抱きしめてもらえなかった不満をアスカは、異性に求めた。自分を包み込んでくれる存在こそ、男だと思いこんだのだ。
アスカは、加持に初恋した。セカンドチルドレン、13歳で大学を出た天才児、大人と同様に見られてきたアスカを子供あつかいする加持に、父親を投影したのだ。
そのアスカにとって、自分より背の低い華奢な少年が、いかにエヴァのチルドレンとして実績があっても、異性たりうるわけなどなく、眼中にはなかった。
最初から、シンジは冴えないやつ決定だったのだ。
それが、アスカの中で変化していくのに時間はかからなかった。しかし、恋の経験のすくないアスカにとってシンジの存在は、自分の精神を乱すものでしかなかった。
心に、シンジが住み着いていることをアスカが知ったときは、すでに遅かった。
アスカは壊れ、シンジは自閉した。
そして、人類は、滅びの道を選ばされた。
「アタシには、シンジしかいないのに」
シンジのベッドの上でアスカは涙を流した。
二人が出会って8年、婚約して6年になるが、キス以上の関係にシンジは踏み込んでいない。
「アタシは、ずっと待っているのに」
アスカは、自分の身体を鏡に映してみる。
身長こそ170センチに届かなかったが、彫りの深い顔立ちは理性的な美貌を見せつけ、細い身体に似合わない豊かな胸と腰と細いウエストはギリシア彫刻のよう。
100人の男がいたら、100人が抱いてみたいと思うだろう肢体を、惜しげもなく晒しているのに、シンジはまったく手を出そうとしなかった。
「まさか、不能? 」
一時期は、男性機能の喪失まで疑ったが、アスカが寝た後トイレで自己処理しているのを見たことがある。
そのとき、シンジが、
「アスカ、アスカ」
と口にしていたので、踏み込んで面詰するのだけは我慢してやったが、アスカは不満であった。
「アタシの魅力は、シンジの右手に劣るって言うの」
アスカも22歳である。男が性欲を我慢できなくて、マスターベーションを行うことぐらいは知っているし、理解もしている。
ただ、代償行為でしかないそれよりも、本物の女の方が気持ちいいはずなのに、なぜと疑問が湧いてしまうのだ。
もちろん、自分以外の女で性欲を発散することは、絶対に許さない。
「シンジのアレを切り取ってから殺す。そして、アタシも死ぬ」
一度、高校時代にシンジが、エロ本を隠し持っていたのを見つけたことがあった。そのときに、アスカは怒って泣いて、そして宣言した。
「アタシの中に入って良いのは、シンジだけ。そして、シンジがいれて良いのもアタシだけ。これは、世界創世物語のアダムとイブと同じ。世界中に異性は、一人しかいない。後は全部、有象無象」
アスカは、シンジの隠していたエロ本を広げて、載っている女を指さした。
「いいこと? この女の胸は確かにミサト並だけど、触っても印刷だからつるつるでしょ。それに比べて、アタシのは、こんなに膨らんでいて柔らかくて、暖かいのよ」
アスカは、シンジの手を直接胸に触れさせる。
「あ、あずかぁあ」
シンジの声が裏返る。
「覚えた? アタシのオッパイの感触。忘れないようにしっかり触っておきなさいよ。ああ、心配しないで良いわ。忘れそうになったら、言いなさいよ。いつでも触らせてあげるから」
柔らかいアスカの声に、シンジが舞いあがった。
だが、その次の瞬間、シンジは、アスカの胸で興奮した股間が、一気に萎えた。
「その代わり、二度と他の女の顔やら胸やら尻やら足やらに目をやってご覧なさい。その浮気な目をえぐり出して、ペンペン二世の餌にしてやるから、覚悟しておくことね」
アスカの目が、量産機を前にしたときよりも、殺気を含んでシンジをにらみつけていた。
「言っておくけど……」
震えるシンジにアスカはとどめを刺しに行った。
「脳内で妄想するのも厳禁だからね。もし、ファーストとか、ヒカリとか、マナとかを思い浮かべて、病室でアタシにやったようなことをしたら……」
アスカの右手が、がしっとシンジの頭を鷲づかみにした。
ぎりぎりと締め上げる。
シンジは、頭蓋骨が割れそうな痛みに襲われていた。
「脳みそを掻き出して、二度と復活できないように油で揚げてやるから。わかった? マイダーリン」
シンジが、操り人形のようにうなずくのを見て、アスカは満足そうに笑った。
それでも、アスカは不安なのだ。シンジとの確実な絆を得ていないことが、たまらなく心細い。
やりたい盛りの高校生だったシンジが、キスさえ求めてこなかったことが、アスカの不安を煽っていた。
そのアスカの唯一のよりどころが、二人きりで閉じこめられていたサードインパクト直後の思い出であった。
サードインパクトの実行犯ゼーレの一員にしてネルフ総司令であった碇ゲンドウの一人息子、碇シンジほど国連にとって都合の良い生け贄はなかった。
彼らは、碇シンジの口から、サードインパクトはネルフの命令で起こしましたとの証言を欲しがった。
彼らは、毎日数時間にもおよぶ圧迫尋問を続けたが、シンジはがんばった。
机を叩く、座っている椅子を蹴り飛ばす、跡が付かないように布で来るんだ棒で殴る、関節技を決めるなどの暴行もあったが、エヴァによるフィードバックとはいえ、腕を折られたり、脳天を杭で貫かれたり、腹を刃物で突き通されたりした経験のあるシンジにとって、たいしたことではなかった。
「強情なガキだ。親が親なら、子も子だな。だが、あきらめはしないぞ」
尋問官は、毎日のようにシンジを痛めつけたが、シンジはかたくなに口を閉ざした。
「くそっ」
業を煮やした尋問官は、矛先をシンジからアスカに変えた。
「来い」
まだ、起きあがることさえ無理なアスカの手を引っ張って、取調室へ連れて行こうとした尋問官は、シンジの反撃に遭った。
シンジが舌を噛んだのだ。
「なにっ」
ことは、それだけで済まなかった。
シンジを見ていたアスカも、同じく舌を噛んだ。
二人の少年少女が血まみれで床に倒れた。
尋問官は、焦った。死なれては困るのだ。死者に、それも少年少女の死体に責任を押し被せることは、さすがにできない。
生きていればこそ、世界中からの非難の目を集めることができ、ゼーレの言いなりだった国連や日本政府の責任をうやむやにすることができる。
「なんてことをしやがる」
尋問官の急報で医者が駆けつけ、シンジとアスカの命は助かったが、二人とも二週間の入院を余儀なくされた。
国連は必死でこの事実を隠そうとしたが、情報はどこからか漏れる。
世論は、大きく子供たちに傾いた。
結局この事件が契機となって、少年少女の尋問は、国際司法裁判所の管轄となり、弁護士の立ち会いが認められるようになった。
入院したアスカは、シンジの行動に包み込まれるような不思議な感覚を覚えていた。
アスカが連れて行かれそうになった瞬間、躊躇なくシンジは命を投げ出した。振りでなかったことは、シンジの舌が喉の奥に巻き込まれて、窒息死寸前まで言ったことでもわかる。
いままでどんなに厳しい尋問にも堪えなかったシンジである。この行為が、逃避でないことはわかる。そうなれば、答えは一つしかない。
そして、ためらうことなく、アスカも続いた。
命のユニゾン。
聡明なアスカが、その解答をだすことを恐れた。これを正解として受け入れたとき、アスカはシンジを憎むことができなくなってしまう。
愛憎が表裏一体であることぐらい、精神的な発育が少年よりも早い少女が気づいていないわけもなく、アスカは、必死で誤答しようと奮闘していた。
幸いだったのは、二人ともしゃべれない状況だったことだ。言葉でないと伝わらない。これは絶対の真実だが、言葉は完全に真実ではなかった。
それでもシンジの真意を訊いてみたい。飢えるような欲望をアスカは、しゃべれないことで耐え抜いた。
だからこそ、アスカは、同じ病室で並んで寝ているシンジをじっと観察しつづけた。こちらを見ようともしないシンジの姿を、瞬きすることも惜しんで見つめ続けたアスカは、ようやく気づいた。
自分のことを本当にわかるのはシンジだけだと。
いや、世界中でアスカとシンジだけが、思い出を共有できるということを理解した。
アスカの中で、ずれていた歯車が一つかみ合った。
碇シンジの日記
2015年11月13日
気が重い一日だった。
学校で三者面談のことを言われたから。
母さんはいなし、父さんが来るわけないし、ミサトさんも忙しいだろうし。
はあ。エヴァのパイロットは、特例で学校の行事を全部免除してくれないかなあ。
できれば、試験もなしで。
でも、そんなに世の中は甘くないことぐらいはわかっているけど……
父さんもミサトさんも学校の先生も子供を戦わせるなんて、間違っていると思わないのかなあ?
僕は、三者面談への出席をとうさんに頼んでみることにした。一応実の親だし。
「忙しい。そう言うことはすべて葛城君にまかせてある」
父さん……予想通りの答えありがとう。
まあ、来られても困ったんだけどね。
先生がなにをしゃべろうとも、
「問題ない」
だけですましそうだし。
僕の成績を見たら、
「おまえには失望した」
って吐き捨てるように言うだけだろうし。
なんて思ってたら、電話が急に切れた。
父さん、終わりの言葉もなしに電話を切るのは、失礼だよ。仕事の上でもこんなことをやっていたなら、まわりに嫌われるよって、もう嫌われてるか。
なんて、あきれてたら、ネルフが停電していた。
ドアが開かないから気づいたんだけどね。
人類を護る最後の砦が、停電してどうするんだよ? 容量増やしてないパソコン部屋で電気ストーブのスイッチを入れたわけじゃなんだからさ。
実際は、どこかの組織がネルフに対する嫌がらせでやったらしいんだけど。
父さん、日頃から周囲にちゃんと気遣いしてないから、こんな目に遭うんだよ。
入れないからって、帰るわけにはいかないのが、チルドレンのつらいところ。
っていっても、結局は、アスカが非常時に世界一貴重なチルドレンが、本部に入れないなって、有事への対応ができてなさすぎる。強行突破なんて言い出すからなんだけど……。 アスカの将来の旦那さんは、大変だよなあ。死ぬまでアスカに振り回されるんだから。ひょっとしたら……死亡診断書の原因のところに「アスカ」って書かれることになるかもしれない。
見た目は最高級なんだし、本性も可愛い女の子だとわかっているけどさ。表に出ている性格と行動力がねえ。毎日このペースのアスカと一緒にいたら……禿げちゃうよなあ。
くわばら、くわばら。
綾波の提案で非常事態対応マニュアル(もらってたことさえ、すっかり忘れてた)に従って発令所までいくことになった。
最初は通路を進んでいたんだけど、ネルフって妙なところに防壁があったりして、マニュアル通りに進めない。
リツコさん、不良品ですよ、このマニュアル。
まさか、ネルフの設計図引いたの……ミサトさんじゃないでしょうね。
仕方ないので、僕たちは排気ダクトの中を進むことにした。
「リーダーを決めましょ。当然アタシ」
アスカがそう宣言するのはわかってたけど、アスカはネルフ総本部のことをあまり知らない。結局レイが先頭、続いてアスカ、最後に僕という順番で行くことになった。
「絶対に前見るんじゃないわよ、見たらコロス」
アスカに命令されたけど、だったら、僕を前に行かせてくれれば済むことなのに、アスカはどんなときでも僕より上に立ちたがる。
心配しないでも良いって。見ないから。アスカのおしりに興味がない訳じゃないけど、制服のスカートで包まれているから、よくわかんないし。形なら、家でホットパンツはいているときの方がよくわかるからね。
なんて、下向いて歩いていたら、不意に止まるから、アスカのおしりに顔をぶつけちゃった。
アスカに怒鳴られるわ、蹴られるわでさんざんの目にあったけど……。
ぶつかったとき、僕の鼻、アスカのおしりの割れ目に入っちゃたんだ。うつむいて視力に頼れない暗い排気口の中だったからか、嗅覚が凄く鋭くなっていて……
アスカの匂いを胸一杯に嗅いでしまった。
いつものシャンプーの香りとは違う、もっと生々しい匂い。
シャンプーの匂いを嗅いだときは胸がどきどきするんだけど、おしりの匂いは、なんかこう、つんとくるようで、下半身にずしんと響いた。
これが、女の匂いなんだろうか。
決して良い匂いじゃなかったんだけど……でも、また嗅いでみたくなる。
女の人の匂いなんだろうか。それともアスカだけなんだろうか。
「アスカって、すごい匂うね」
僕がアスカの股間に顔を埋めて言う。
「ばかぁ、そんなこと言わないで、恥ずかしいじゃないの」
アスカが、両手で顔を覆って恥じらう。
「嫌な匂い? 」
アスカの声が不安で震える。
「違うよ。なんか、こう、胸一杯に吸い込みたくなる」
僕は大きく深呼吸する。
「嫌だ。恥ずかしいじゃない」
アスカが両手で僕を剥がそうとする。僕は、そんなアスカから離れないようにぐっと両手でアスカのおしりを抱きしめる。
「僕だけの匂い」
「そうよ。シンジだけなのよ、アタシがこんなところの匂いを嗅がせるのは。加持さんだって、いえ、親にだって匂わせたことなんかない」
アスカが、そう言ってくれる。
「ありがとう、アスカ」
僕はアスカの股間に向かってお礼を述べる。
「どこに言ってるのよ。ばかぁ」
アスカの声がどんどん甘くなる。
僕は犬のように、鼻を鳴らしてアスカの匂いを堪能する。
「あん」
僕の鼻息があたったアスカが、嬌声をあげてくれる。
「しんじぃ、しんじぃ、しんじぃい」
あの強気のアスカが、縋るように 僕の名前を呼んだ。
「シンジの好きにして、アタシをシンジの女にして」
うわごとのようにアスカが言った。
アスカを征服する……冴えない僕が……アスカを思い通りにする。
キスをして、胸をもんで、あすこに僕のモノを押し込んで……
うっ……
最低だ、僕って。女の子を自分の思い通りにしようだなんて。
ああ、使徒は倒しました。弱かったです。
アスカが、シンジの日記を引きちぎらんばかりに両手で掴んだ。
「ほう、死亡原因が、アタシ。良い度胸してるじゃない。本当にしてやろうかしら」
アスカが、両手でなにかを締めるようなまねをする。
「ひょっとして、紅い海でアタシの首を絞めたのって、やられる前にやれだったんじゃないでしょうねえ」
アスカが、怖い顔をした。
「それより……に、匂いですって。それも良い匂いじゃないだって? た、確かにあのころは、あそこをちゃんと中まで洗ってなかったけど……おりものがショーツについて匂ったこともあったけど。今は違うわ。今日だって二回もお風呂に入ったし、シャワーのお湯が入るほど開いて洗った。ああ、でもトイレに行ったから、もう一回シャワーで洗っておかないといけないわね。じゃなくて、シンジのやつ、女の子に対して、匂うだなんて……デリカシーがないにもほどがあるわ」
アスカの目がつり上がっていく。
「アタシの身体の匂いが、くさいのかどうか、今晩じっくりと教えてあげるわ。シンジ、覚悟してなさい。アタシの匂いなしでは生きていけないように調教してあげるから」
アスカは、とうとう最後の一枚も脱いだ。