シンジのベッドで全裸になったアスカは、わなわなと怒りに震えていた。
「大和撫子が好きですってぇ」
アスカの手にはシンジが14歳だったときの日記が握られている。そこに好みのタイプがおしとやかな日本女性と書いてあったことが許せないのだ。
アスカとシンジは、数日後に結婚式を挙げる。今の段階でシンジ最愛の女性がアスカであることは間違いないのだが、精神的な発育の重要な時期に無辜の愛を注がれなかった彼女の愛憎は他人よりも激しい。
アスカと出会う前や、アスカと恋人同士になる前のことなど、どうにもならないことなのに、それさえ許せないのだ。
「これは金髪碧眼、西洋の美を身にまとう、アタシに対する挑戦ね。よおぉくわかったわ」
アスカは、眼を光らせる。
「二度と日本の女に目がいかないように、アタシ色に染めてやる」
力強く、アスカが宣言した。
日本の女どころか、他の女に目をやることも許さないのだが。
「まさか、純粋な日本人のミサトとかリツコとかマヤとなんか有ったんじゃないでしょうねえ? 喰われていたりしたら、許さない。MAGIに自爆決議させて、みんな道連れに死んでやる」
アスカが爪を噛む。
「そういえば、渚とか言う男も居たわねえ」
アスカの脳裏にシンジが渚カヲルのことを話すときの、何とも言えない柔らかい表情が浮かぶ。
「シンジが両刀遣いだとは思わないけど、あんな別れ方をしたんじゃ、心に残るのも当然か」
アスカは、カヲルのことを初めて聞いた日のことを思いだした。
サードインパクトでもっとも被害を受けたのは、ネルフであった。
世界各国も甚大な人的物的被害を受けたが、ネルフはその総本部であったジオフロントと、すべての権限を握っていた総司令碇ゲンドウを共に失った。
ネルフの特権を国連からむしり取った天才的な外交官、碇ゲンドウの死亡は、押さえつけられていた人々の復讐を呼んだ。
「人類の存亡を賭けた戦いに協力を惜しむつもりか。貴国の態度は、国連で非難されることを覚悟するがいい」
かつて、サングラス越しに脅され、飢えに苦しむ国民を見捨てて物資の供出に応じた国々は、残されたネルフの資産を根こそぎ奪い去っていくだけでは、気が済まず、生き残ったネルフの職員たちを弾劾裁判にかけた。
その最初の生け贄に選ばれたのが、サードインパクトの中心に関わったチルドレンたちであった。
病床に伏しているアスカ、生きてはいるがすべての記憶を失ったレイをさすがに晒し者にできなかったことが、碇シンジに集中砲火を浴びせる結果となった。
「なぜ、初号機に載った? 」
「どうして最初に拒否しなかった? 」
「逃げだしたのに何故帰ってきた? 」
「使徒を滅ぼしたのに、もう一度エヴァに載った理由は? 」
「おまえさえエヴァに載らなければ、サードインパクトは起こらなかった」
「人類の再生を願うなら、完璧に元にもどせ」
尋問より拷問に近い。
15歳になったばかりの少年を、5名からの大人たちが矢継ぎ早に責め立てる。
『僕には、他に道がなかったんです』
「なら、死ねばよかったんだ」
『嫌だって言ったんですよ』
「死んで拒否すればよかった」
『なんども死のうと思いました』
「なぜ、実行しなかった」
『僕は生きていては駄目なんですか? 』
「おまえのせいで何億の人間が死んだと思って居るんだ」
シンジのどの返答にも大人たちは、厳しい断罪の言葉しか返さない。
「おまえさえ居なければ」
存在を否定する悪意は、シンジの精神を確実に浸食していた。
朝から夕方まで続いた虐めが終わって、病室に帰ってもシンジの心は安まらない。
「なんで帰ってきたのよ。アンタなんか、帰ってこなければいいのに」
アスカが、後を引き継ぐ。
「僕が居なくなれば、アスカはなにもできないじゃないか」
文句を口にしながらも、シンジは淡々とアスカの世話をする。
朝出かけるときに履かせたオムツを替え、アスカをトイレに連れて行き、冷え切った食事を与え、寝たきりで体圧のかかる場所が壊疽しないように体位交換をする。
「興奮するんじゃないわよ、この変態」
「感謝なんかしてないからね。アタシをこんな風にしたのは、アンタなんだから」
「同じ空気を吸うだけでも嫌なのに」
ベッドシーツを交換する間、シンジにお姫様だっこをされながら、アスカは、唾を吐きかける。
そんなアスカの雑言についにシンジが切れた。
「だったら、一人で生きて。僕のことを要らないと言ってくれよ。アスカがそう言ってくれれば、僕は……」
シンジが、俯く。
アスカには、シンジが口ごもった先の言葉がわかっている。
シンジが死にたがっていることぐらい気付いていた。
「甘えるんじゃないわよ。アンタだけ楽になろうなんて、虫のいいことを考えるんじゃない」
アスカが、せせら笑う。
「僕には死を選ぶことさえ許されないの? 」
シンジが、辛そうな顔で言う。
「当然よ。もっともアタシが死んだあとなら、どうしようとアンタの勝手だけどね」
アスカは、病院のベッドの上で満足に動くことさえできない自分の命が長くないと思いこんでいる。
「それまでの一生涯、アンタはアタシに償い続けなさい。アタシがこの世を去るまで、アンタに何一つ自由なんてあるものか」
アスカは声の限りと罵る。
「死にたかったら、もう一度アタシの首を絞めればいいわ。抵抗しないから。こんな身体になってまで生きていたいと思わない」
アスカは、シンジの一番痛いところをつく。
「ごめん、それはできない。僕はもう、この手で知人を殺すことはできない」
シンジがじっと両手を見る。
「ちょっと待ちなさい。シンジ、アンタはさっき、もうこの手で知人を殺すことはできないと言ったわね」
アスカは、シンジの科白を聞き逃していなかった。
「…………」
シンジは、無言で俯いたままである。
「戦略自衛隊との戦いにアンタは出ずに、逃げていた」
アスカが冷たい声でシンジを刺す。
「…………」
シンジは、ますます頭を垂れる。
「つまり、アンタは直接人を殺したことがないはず……少なくともアタシの知っている限りではなかった」
アスカが断定する。
「ということは、アタシが壊れてからサードインパクトまでの間に有ったこと。そうよね」
アスカがシンジを睨みつける。
「…………」
シンジは、頭を地に打つほどうなだれる。
「相変わらず、都合が悪くなれば黙りこむ。それで通るわけないでしょうが。いつまでも子供で居ようとするんじゃないわよ」
アスカが怒鳴りつけた。
こうなったアスカを止めることができる人間はいない。いや、唯一それができた男は、サードインパクトの前にこの世を去っている。
あきらめたシンジが、蚊の泣くような声で話し始めた。
「渚カヲルくんって言うんだ。アスカが、その、あの、おかしくなっちゃってからやってきたフィフスチルドレン。弐号機のパイロットで、同時にゼ-レから送りこまれた刺客……」
シンジが口ごもる。
「続けなさい」
アスカにせかされてシンジが、深呼吸をした。
「そして、第十七使徒ダブリスだった」
「なんですって」
アスカが驚愕の声をあげる。
「全部話しなさい」
アスカにうながされて、シンジは、訥々とカヲルと出会ってからのことを語った。
好きだと初めて言って貰ったこと。一緒にお風呂に入ったこと。エヴァで戦ったこと。
「生き残るべきは君なんだ。だから、僕を殺してくれ」
カヲルの遺言。
シンジの両手に今も残るエヴァ初号機のフィードバックの感触。
「…………」
アスカは言葉を出すことができなかった。
怒り。そう、シンジにそのようなことを押しつけた大人たちへの怒り。
憐憫。他人の為に自分の心を殺し、友人の命を奪わざるを得なかったシンジへの憐れみ。
後ろめたさ。シンジのことを何一つ理解しようとせず、辛く当たるしかできなかったあの頃への後悔。
アスカは、いろいろな感情に脳をかき回される気がした。
「キモチワルイ」
アスカは、そう言って気を失った。
後味の悪い思い出にアスカが首を振る。
「あれから、8年にもなるのに、まだ昇華しきれてないか。当たり前よね。人類すべての業を背負わされたに等しいんだから」
アスカが、両手でその豊かな胸を抱くようにため息をつく。
「シンジ。早く帰って来て。あなたが隣にいないと、アタシは、悪夢にうなされるの。生きながら喰われる痛み、誰にも見てもらえなくなる孤独感。他人の悪意に晒され続ける恐怖。この辛さを理解できるのは、シンジだけ。この焦燥感を癒せるのは、シンジしかいない」
アスカはシンジの記憶に触れるように、日記に手を伸ばした。
碇シンジの日記
2015年10月5日
使徒が来た。もう慣れちゃったけど。
でも、初めて負けた。
惣流さんが、一人で突出して、一撃で二つに切ったのは見事だったけど……
敵を二つにしただけだった。
僕も頑張ったけど、いくら傷つけても治ってしまう。時間制限のあるエヴァじゃどうしようもない。
結局、国連軍の手を借りて逃げだしたようなものだった。
ネルフに帰ったら、冬月副司令に文句言われた。
自分は安全な基地の奥深くにいながら、全戦で戦う僕たちにけちをつけるなんて歳の割に大人げないよなあ。
10月6日
学校から帰ってきたら……僕の部屋が無くなっていた。
惣流さんが、住むんだって。「アンタなんか用済み」とか言っていたけど、実際は、惣流さんが、訓練の期間だけ同居するらしい。一時的なら、惣流さんが、納戸に住めばいいのに。
そのあと、ミサトさんが、妙な服をもってきて、二人で息を合わせてダンスしろって言うけど、僕踊ったことなんか無い。惣流さんは、ドイツでダンスもやっていたらしく、うまい。
エヴァのパイロットになるためにずっと必死だったと言っていたのに、ダンスを習う暇はあったんだ。
10月11日
使徒は倒した。僕と惣流さん、そうか、アスカって呼ぶようにいわれたんだっけ、のユニゾンは、見事に決まった。
最後でちょっと気を抜いちゃったけど。
で、訓練の期間中だけの同居だったはずのアスカが、そのまま居座ることになった。
可愛い(性格は全然可愛くない)女の子との同居は、嬉しいと言えば嬉しいけど。
お風呂にトイレなど、気を遣わなきゃ行けないことが多すぎて、疲れる。
確かにアスカは、僕の前でも平気でバスタオル一枚だけでうろついたり、ノーブラタンクトップで寝っ転がっていたり。目のやり場に困るんだよな。
それに、同居となると、いつでも好きなときに、アレができないじゃないか。
そういえば、昨日の夜は、二人きりだった。ミサトさんが今日の作戦の準備で帰ってこなかったから。
アスカは、今まで一緒に寝ていたリビングから隣の部屋へと布団を移して、
「この襖は、ジェリコの壁よ」
そう言って襖を閉めたけど、襟ぐりの開いたTシャツで俯くから、見えたんだよ。アスカのオッパイの先端が……
まえに綾波のを見たけど、綾波のより、ちょっとピンクがかっていて……。
うっ、思いだしたら興奮してきた。
今のアスカは……お風呂に入っている。結構長いから今なら大丈夫。やるなら今しかない。
そういえば、アスカって一番風呂にしかはいらない。いつも二番目はミサトさんなんだけど、昨夜は、ミサトさんが帰ってこなかったから、僕が入ったんだよねえ。さすがにお湯は入れ替えてあったけど、お風呂場にアスカの匂いというか香りが残っていて……。
アスカの胸がお湯に浮いて、その先端のピンクのボタンがちょっと大きくなって……。
湯船の中では、アスカの髪の毛と同じ色の毛がゆらゆらと揺れて……
うっ。想像しただけでいっちゃったよ。ユニゾン中はできなかったから、相当貯まっていたんだな。ティッシュ3枚では拭ききれないや。
はあ、アスカの身体って、日本人と全然違うよなあ。スタイル抜群。
あのアスカに惚れられている加持さんが、うらやましいよ。
アスカと同居も悪くないかも知れない。
「アタシでいってくれたのは良いけど、裸を想像しただけでいくなんて……早過ぎよ。これからの夫婦生活が不安だわ。これは、ちゃんと訓練しなきゃ駄目ね。そうよ。夫婦円満は、まず夜の生活からだもの。なによりも加持さんはもう居ないのよ。まさか、加持さんの幻影を引きずって、アタシに手を出せなくなっているんじゃないでしょうねえ。それじゃあ、アタシがシンジのことを愛しているのを信用してないということじゃない。バカシンジ」
アスカは、そこにシンジが居るかのように空間を睨みつけた。