雪の思い Two of us #4

こめどころ

京都府新福知山市夜久野高原町、田倉山。一名宝山。標高350m。
玄武岩の柱状節理が見られることから分かるように、この地は遥か以前火山地帯だったとされてきた。
しかし田倉山は馬蹄形の火口を今に残すのみ。とうの昔に活動を停止した死火山であったはずだった。

元旦早朝、遥か彼方に火柱が上がった。古都の高台にいた人々はそれを見てどよめいた。
暫くして全身に震えが来るような地響きと、さらにどーんという音が小さく伝わってきた。
火山の地元は大騒ぎになっていた。噴火は耳をつんざく程の爆発音から始まった。
スコリア(噴出物からガスが抜けた残滓)がばらばらと降り注ぐ新しい噴火口の溶岩。
それが噴き出した雲を真っ赤にライトアップする。
その様は人々の身をすくませるに十分だった。

その大混乱の中に降り立った軍の緊急出動部隊と思しき面々は、全住民を安全な装甲トラックに収容。
さらに後続の部隊が続々と到着、展開した。次々と測定杭が地中に打ち込まれコードが地を這う。
マスコミのヘリが到着した時には武装ヘリが進入空路を固め、一切の取材は不可能な状態となっていた。
一切の抗議は緊急災害出動時の超法規的措置ということで押し切られた。
もっとも特殊装備のヘリでなければ噴火を続け、高温のスコリアが飛び交うこの空域に入る事は自殺行為だ。
マスコミはこの聞きなれない名の組織(ヘリに描かれたNERVという略称)から取材フィルムを提供され黙るしかなかった。

『このように、現在田倉山は激しい噴煙と噴出物を吐き出し続けております。
周囲5kmは立ち入り禁止。さらに今後12時間以内に溶岩流が押し出す危険性が非常に高いのことです。
現場の政府科学機関によると、高原だけでなく、夜久野町全体が避難地区に指定されると思われます。』

『このような死火山が何故突然活動を開始したのか激甚災害対策本部の見解は――』

『死火山の下に新たなマグマ溜まりが形成されることは可能性として十分考えられます。
もともと死火山といってもその活動周期がロングタームなものであれば人間の歴史では捉えきれない訳でして…』

「京都は大変だな。」

そう言って年若いメガネのオペレーターが、情報処理画面に切り替えた。
そのいかにも投げやりな口調に、まだ高校生のような風貌の女性オペレーターが口を挟む。

「あれ…あの噴火、やっぱりそういうことなんでしょ。詳細な作戦の検討はどうなるのかな。」

長髪の3人目のオペレーターは、椅子から立ち上がるとコーヒーを入れて飲み干した。
生ぬるくてまずい。だが製氷機の水は空っぽだ。我慢するしかない。

「俺たちのところに話が来る時にはもう全部決定事項になっているってことさ。」

「零号機は暮れから持ち出されたままだし、弐号機も調整中でここにはない。
初号機にいたっては存在するのかどうか…しかも3機ともに実際の作戦活動は未経験。
今後どうなるんだか。」

「アスカは戻ってるんでしょ?」

「赤木博士のとこに篭りっきり。別にアスカが望んだわけじゃないけどな。
本来俺たちが各試験にも立ち会う規定だろ? マヤ、特に君なんか大学以来の彼女の助手なんだろ。」

「とは言っても、応用理論の先行試験や実証は先輩が全部一人でされてからの試験ですから。
本来の助手とは言えないんですよね。」

「天才の手は何も必要としないってことか。」

「被験者以外はな。アスカもご苦労なことだ。」

「ご苦労ですめばいいけどなぁ。」

「不謹慎ですよ。私は先輩を信じますから。」

若いオペレーターはぷっと膨れた。

「どうする、まさかこんなところで始めるのか。初発攻撃はここに向かってくる読みだったはずだが。」

「軽く2千年も前のことだ、多少の誤差はある。」

「移動司令室のデータ処理能力で足りるのか。」

「噴火で地磁気がひどく乱れている。足りなくてもどうしようもないだろう。何のために婆さんを確保したと思っている。」

「彼女の測定網は各大学と研究所、出先も合わせて関西全域に及んでいる。しかもMAGIが使える。」

「むしろ最初はここより良かったとも言える。あの婆さん、一回目の地震で既に桂川断層に目をつけていた。」

「行き当たりばったりな話だな。だが田倉山に巣があると見抜いた所、やはり只者ではない。」

初老の男はバリバリと頭を掻いた。

「確かに追証で震源ラインの僅かな飛びが見られた。
琵琶湖――毛島ラインと桂川(保津川)ラインこの2本の相関、我々の測定技術では把握できなかったわけだ。」

サングラスと髭の男が呟くように決断した。

「かまわん。村瀬の婆さんを取り込む。結果オーライということだ。」

「まだその台詞を言うのは早いぞ、碇。オーライになるかどうか。」

「何のための孫娘だ。」

「人質か? そこまで先読みしていたとは言わせんぞ。」

「無論だ。だから結果オーライだと言ったろう。」

白髪の男は渋茶を啜ったような顔をして、スクリーンの等高線と赤外線カメラを基に描かれた図表を見た。
中心の馬蹄形火口が真っ青に染まっていた。溶岩流が僅かながら既に流れ出したようだ。
現地とのリアルラインからの音声がそのまま流れる。

「目標青、活動を開始。」

「移動ユニット、火口内部で現時点で2基破壊されました。相対速度は120km/h。」

「あの玄武岩質の極端に粘度の高い溶岩流の中でか。考えられんことだ。」

「常識は棄てろ、何があっても驚くな。こっちの検知システムだって完全じゃないんだ。」

「零号Dボディ機、指定位置。」

「クレーン準備、良し。」

「冷却システム準備、完了。」

「流れ出した溶岩流を堰き止めろ。放水開始。最大量。」

真っ黒な衣服に身を包んだサングラスの男はゆっくり席から腰を浮かせ、立ち上がった。

「赤木博士。後は任せたぞ。」

「了解。」

現場から、感情を見せない女の声が戻ってきた。

観光客でにぎわう保津川の川下り。だがこのシーズンはおろか今後の営業は不可能だろう。
田倉山のある夜久野高原から保津川渓谷にかけては大地が大きく引き裂かれた。
新福知山市と亀岡市一帯は全住民に緊急避難命令がでた。田倉山は噴火を繰り返し標高は1100mに達した。
火口は急速に拡大し、地下のマグマ溜まりは大噴火を数回繰り返すだけのエネルギーがあると発表された。
あふれ出る溶岩と噴出物は太古3度の噴火でできた高原を覆いつくし、さらにその手足を伸ばしつつある。
真っ黒な噴出物が京都の街にも降り注ぐ。その堆積した熱気で雪は一気に溶け、気温も上昇した。
一転して山崩れと土石流の危険性が山間地を覆う。水にのってスコリアがともに流れ出し、河を塞ぐ。
噴出物の総量は恐ろしいほどの量だった。排除が間に合わぬまま埋もれてしまう小市町村も珍しくなかった。
京都から福井、兵庫への交通は遮断され、山陰、山陽への物資が滞る。全ては九州の物資か船便だ。
一連の騒ぎは2週間たってもまるで収まらなかった。

「碇、おまえんとこはどうすんのや?」

「親と連絡がとれない。暫く待っていよう思うとるんや。」

「うちとこは東京へ戻れっておとんの会社がゆうてきおったて。」

「行くのか?」

「まあなー元々あっちの人間やし。」

これにはさすがにシンジもびっくりした。てっきり地元民だと思っていたのだ。

「だって、その言葉はなんなんだよ。」

「これはおまえ、地元の衆との付き合いの偽大阪弁やんけ。しかしおまえ一人で大丈夫なんか?」

「さぁ。」

だからトウジの言葉には違和感があったのかと別のことを考えていた。妙に現実感が欠けていたのだ。

「さあってお前、のんびりしてると命に関わるんやで。暴徒化してる奴もおるからな。」

「K2の親父さんがいるうちは何とかなると思ってるんだ。」

「おい、碇。お前いつかのパツ金女絡みでってことはないんやろな?」

うっ、女の子になんか興味ないくせに結構鋭いな、トウジって。

「もしお前が先に東京に移動するなら、おとんに頼んでもう一枚切符手に入れられるんや。だから。」

列車の切符は2週先まで満席で、手に入れられるルートが限られている状態だった。
人がどんどん避難していく。残っているのは味噌や醤油、酒、漬物を守る人々と、行き場のない高齢者。
そして、寺社仏閣の僧侶と神官たち。この状況で、トウジにできる精一杯の友情だろう。
少しばかり目頭が熱くなる。

「ありがとうトウジ。いざというときは歩いてでも長野のオジキの所に行くよ。体力には自信あるんだ。」

少年達は互いの避難先の住所を交換した。
北近江を抜けて岐阜を横切るルートでは以外と長野は近い。そう話すとトウジは安心したように笑った。

「ま、笑い話になることを祈っとるけどな。」

「3年生は気の毒だな、神戸大は勿論やけど、京大阪大も試験せんらしな。」

「一高二高やないんや。うちら三高には関係あらへん。それにもう学校の授業なんか誰も聞いてへんやろ。
こんな時2流高は気楽でええわ。」

その日、学校はさしあたり1ヶ月の休校を決定した。それがシンジの、この学校での最後の日だった。
母校はその後火山弾の直撃を受けて校舎が焼失。生徒は比較的無事だった南部方面の学校に散っていった。
シンジは大検を受けることを選び、そのまま高校生活は終わりを告げたのだった。

毎朝早く起きて、アスカの家に行く。昨日のうちに積もった火山灰や火山礫を屋根から払い落とす。
いったん雨が降ってしまえば灰は泥濘となって流れて固まり、それに浮かんで礫も一緒に固まってしまう。
そうなると掘り起こすのに大変な手間が掛かる。重さも半端ではない。
安普請の家はすぐ潰れてしまうのではないか。実際雪でつぶれたガレージがいくつもあったのだ。
屋根や庇、庭や通路の降灰全てを掃き出すと、米袋5つ分ほどになる。それは道端に出しておけば役所が
回収していくが、残土捨て場はもうほとんどゆとりがないらしい。
だがこの重労働を繰り返すしかない。
アスカのおばあさんにはアスカを頼むといわれたが、彼女がいない今、アスカの戻る場所を確保する。
そのことしか思いつかなかったのだ。

「使徒、消滅しました。」

「零号機はっ!」

「大破。パイロット消息、不明。」

「引きあげてっ!速くッ。」

「いまやっています。チェーンが一方絡まっていて…」

「パージしてっ!早くしなさいっ!」

「て、点火しませんっ。」

待機中の真紅の巨大ロボットが、ためらいもなく火口に身を躍らせた。

「アスカッ!」

200m沈降、超音波画像システムのモニターに零号機を確認。頭部大破、両脚確認できず。
白い機体は片手でかろうじてチェーンにすがり付いている。
液体水素が切れたホースから猛然と泡と化して噴出し、全体が回転し捩れていく。
2本あるチェーンの一方が千切れた腕に巻きついて、重そうに垂れ下がっている。
それをむしりとった途端、急速に巻き上がり始めた。
むき出しになっているエントリープラグを確認。搭乗パイロットの生死なお不明。

「こんなとこで死ぬんじゃないわよ!レイッ。」

そう言う以外に何が言える?ほんの僅かな差で生死は入れ替わる。代わる代わる潜っているのだ。
彼女が死なないということは自分が死ぬということであるかもしれない。
自分は生きていたい。その理由が出来た。
じゃあ、彼女には?生きている理由がない者は死んでいいと言うのだろうか?
そうじゃない!そうじゃないけど。
死ぬわけには行かないのだ。生きていなければならないのだ。生きていたい。生きて――

「ごめん。」

その言葉は噛み砕いて、喉の奥に飲み込んだ。

「その場からすぐに臨海センター病院に転送してっ!」

「阪大ICUの医師団を応援に向かわせろ!そっちにも高速ヘリをまわせっ!」

「なんとしても救命しろっ! 司令の最優先命令だ、子供を死なすなっ!」

そんな声が聞こえて来ることが僅かな救いだった。

そして、1週間が瞬く間に過ぎ。
不意に青空が戻ってきた。それは、信じられないほど澄んだ、高い空だった。
まるで、そのまま天上の向こう側が透けて見えるような空。
アスカはその空を見上げ、シンジを想った。

同じ日、同じ空を見上げ、シンジは再びアスカを想っていた。
噴煙が収まった。
これで、みんなが帰ってこれるのだろうか、この街へと。

「不覚だったな。赤木君。」

白髪の男が口火を切る。

「あの方法でしか、押さえ切れませんでした。」

「機体は回収できた。それだけでも良しとせねばならんか。」

暗がりに身を置く男が苦りきった声で言う。かろうじて生きていたパイロットも入院中だ。

「次はこんなに時間をかけるわけには行かんぞ。
それだけ、子供らの命が危険になるのだ。俺たちでは無く、な。」

赤木博士と呼ばれた女は自らの非とされたことに特に動揺した様子も見せていない。

「やはり…早急に5機体制を取らなければ搭乗員の負荷が大きすぎます。」

「確かにな。わかった、すぐ5機とは行かんが次を出そう。」

「田倉山―毛島―北京都―東近江の断層は奴らの汚染ルートと認定するか。」

「あのラインは活発な地震噴火の活動期に入ったということにして避難命令を出す。」

「地元民は強制排除か。政府がいい顔をせんだろうな。」

「どの道、今後構造線上や巨大断層上に住民が住んでいるわけにはいかんのだ。同じことだ。」

亀岡や京都の市民は戻れることを期待して待っている。
だが今後避難民は百万の単位で増加していくのだ。最初になったということは幸運かもしれない。
今なら地方都市も受け入れてくれるだろう。避難が常態となれば、排斥が起こることもありえる。
むしろ政府が主体となって新しい避難都市を形成していかねばならないことが焦眉の急なのだ。
そうでなければ、大都市がスラム化し人があふれることになる。経済的にこの国が破綻することになる。
何もかも自給できないこの国で経済活動が止まると言うことは、殺しあわなければ食うことができないと言う事だ。
水も無く、灯りもガスもない。生存を誰が保障するのか。

「地下の戦いが地表に影響することは必至だ。死ぬ事を好むなら移動を拒めばいい。
反対してどうなとなる事ではない。天災と同じことなのだ。」

「では、初号機を。」

「使い物になるかどうか、だな。」

「ユイくんの子だ。大丈夫だろうよ。」

「先生、半分は私の子ですよ。」

苦笑を浮かべる二人。

「忘れていたいことを思い出させるんじゃない。碇。」

「お互い様です。冬月先生。」

一方シンジは毎日のようにK2に顔を出し、マスターと状況を検討していた。
すっかりコーヒーを飲む習慣が付いてしまった。

「まだ、あいつからの連絡はないのか。」

「今年になってからは一度も。ラボの人が連絡を忘れてるんじゃないでしょうか。」

シンジが真顔で冗談を言う。

「まさか。しかし困るな。君をどこに送るか、関東に引き上げさせていいものかどうか。」

「おじさんはどうするんですか。」

「どうもこうもない。放って逃げ出したら二度と帰ってこれなくなるかも知れんし、残るさ。」

幸い配給は人口が減ったんでたっぷりあるってことだ。何とかなるだろう、という読みだ。

「今日みたいな天気が次第に増えていってくれればいいんですけどね。」

「このまま噴火も収まってくれるといいんだがな。」

散水車が日に何度も通り過ぎた。とにかく市内は埃っぽく強い風が吹けば前が見えないほどだ。
たいした数のない散水車を補うために給水車のバルブを緩めたものも動員し、ひっきりなしに水を流している。
とにかく、父からの連絡があるまではK2を根城にして待っていよう。
気にかかることは一つ、あの人がどのくらいこの一件に関わっているのかと言う事だった。
アスカの所にはまだ連絡を取っていない。
友人を関わらせたり、アスカに何か疑いが掛かるような事をするわけにはいかない。
まずは時間をかけることが一番大切なことだろう。あすか@un-nerv.org このふざけた連絡先の先に何があるのか。
晴れ上がった空は、夕方から急に雲が出て土砂降りになった。散水チームもほっとしていることだろう。

「良かった。先にアスカの家をきれいにしておいて正解だった。」

火山灰を全て掃き落としてある。細かいところはともかく、ほとんどの噴出物は洗い流されたことだろう。
明日また朝出かけて、細かいところをこそぎ落とせば綺麗なまま家を守れると思った。
シンジは窓に張り付くように雨を眺めながら微笑んだ。

 碇家のチャイムが鳴った。

「どちら様ですか?」

「お父上、碇ゲンドウ様からの連絡の者です。」

「父さんの使い?」

ドアを開ける。但し3本のチェーンロックは掛かったままだ。
青みがかった美しい髪の女性。随分大柄な人だ。警官とか軍関係のような――アスカを連れ去ったあの連中?
思わず体中の筋肉が身構える。

「これをお読みください。」

封筒の住所を確認。碇ゲンドウとあるだけだ。表には第3新東京市安全保安局の検閲の判が押されていた。
危険物封入のチェックをした跡だ。テロが盛んに行われている時代だった。
渡された手紙の封を切り、便箋を取り出した。確かに父親の字だ。
雑誌に書き込みをするときと同じ万年筆の。同じ癖のある文字。気に入りの「ペリカン」ブランドだ。
その字が書かれているのは航空用の薄い便箋で、他に書かれた手紙の跡も同じく父の筆跡だった。
どうやら本物らしいと判断。

「この者の指示に従い、早急に新東京市に来い。」

一文字だけの手紙でないだけマシか、内容的には大差ないけど。そう思った。
「12時、京都駅北口」とか「20日6AM、米子。」などという手紙をもらったこともあった。
電報のようなものだ。

「あなたが本物の父の使いあるという証明は?そしてどうすればいいんですか。」

「このまま、というわけにも行きませんでしょうから10分差し上げます。ご準備を。
証明は、このカードとその手紙だけです。」

イチジクの葉の描かれた赤いカード。アスカを連れて行ったあの機体に描かれていたマークだった。

「拒絶すれば――」

「強制する、ということですね。友人や知人に連絡を入れることは。」

「それは、ご遠慮ください。東京へいくという事自体、内密です。」

「父の友人なのですが。」

「K2のことでしたらご心配に及びません。お伝えしてあります。」

取り付くしまもない。綺麗なのは顔と髪だけで氷のような対応だ。しかし、自分なりに納得はいっている。
アスカと父は間違いなくこの組織の所属者なのだろう。
引き伸ばしても無駄だ。彼らはシンジの痕跡をこの地から消し去りたいのだ。なにか途方もないことが動いている。
修学旅行などに使った小ぶりの旅行かばんに下着と普段着を数枚。カメラ機能のある小さなデジタルデバイス。
少しいいセーターとズボンを着た。音楽を聴くためのキット。携帯とPC。あとは金で済むものだけだ。
それで十分だ。携帯とPCは預かるといわれて手渡した。
アスカと、初めて唇を交わしたコタツの角。最後にその一画を視野に残した。

部屋を出た途端に前後に護衛らしき人間が付いた。
正面玄関ではなく、管理人室の裏の窓から、隣のビルの裏手に出て、そこから車に乗った。
角を曲がったところで突き飛ばされるように車を降りる。竹林が続いている。
小さな庵を抜けるとそこから地下の流れに沿って暫く歩いた。出たところはどこかの巨大な寺社。
そこで、乗ったこともない3台の大型車の一台に押し込まれていた、同じ年恰好の少年3人を見送った。
待つこと1時間、レモンイエローのビーグルにのった最初の迎えの女性と一緒に大きな都市の地下に着いた。
こんなスパイごっこみたいな真似を実際にしている世界があるのか。信じられない思いだった。
暫く待っていると、低い爆音が空を覆うように近づいてくる。

「屋上に移動します。」

そこには、大型のジェットヘリが待機していた。
空には3機一組の戦闘ヘリや、縦列に変態を汲んだ2つローターの大型輸送ヘリ。
戦車を数台も飲み込めるような巨大なヘリ、遥か高空には戦闘機の姿も見られた。
これに紛れて移動するというのか。確かにここに紛れれば安全だろう、だが一体何が敵なのか。

「最後の撤収部隊が来ます。合流してください。」

「あなたは?」

シンジが尋ねると、彼女はやっと微かに笑った。

「また、向こうでお会いできるわ。シンジくん。」

新聞を開く。あれから何日たっているだろう。新聞の日付はもうすぐ5月を迎える。

「外はとっくに新緑なんだろうな。」

地下に潜り、3ヶ月がたっていれば世の中は様変わりする。ここに来てやっているのは殆どが体育だ。
マット運動、器械体操、水泳、ジョギング、競歩、柔道に似た拳法の混じったような武道。剣道もやった。
バスケットボールとサッカーも。同じ年頃の少年達が球技のときだけは混じるのだが、言葉は互いに通じない。
メンバーもいつも変わる。相当な人数の少年少女がここには集められている――しかも世界中から。
睡眠学習とか言うものも関わっているらしい。毎日はずせないイヤフォンを付けて寝ることを強制されている。
夢も見ない代わりに、相当深く眠れるらしく朝もすっきり目が覚める。
食事も最高級品が出されているのがわかる。料理人の腕もいいんだろうがミルクの味がまるで違ったりする。
野菜の歯ざわりが収穫からものの1時間程しかたっていないことを教えてくれる。

シャワールームの鏡の前。自分の身体の形がまったく変わっている。まるで鍛え上げられた彫像のようだ。
華奢な少年らしかった体型が、立派な青年の体に変わりつつある。肘を曲げる、伸ばす。その筋肉を触る。
過不足ない筋力と体重のバランスを感じる。ここの指導者たちは科学的で優秀だった。
貧弱な体に少しコンプレックスを持っていたシンジはそのことだけは嬉しく思っていた。

「だけど、ここは一体なんなんだろう。」

4月の最終日。シンジは急に呼び出され、ここの大人たちと同じ制服を渡され、着る様に言われた。
いつかの迎えの女性が部屋に入ってきた。

「たった3ヶ月でなかなか立派になったわね。あなたの進捗率は112%、成績としてはTopクラスよ。」

「そう言われても何がなんだか。」

「基礎訓練のこの期間、飲酒タバコ麻薬反抗脱走自傷行為不純異性交遊とまぁいろいろやらかしたわ。他の子たち。
それに比べたらあなたは模範生だわね。ほーんと、感心しちゃう。」

上から見下ろす目つきが、そんな度胸はあなたには無かったんでしょと言っている、絶対言ってる。
よくいるんだ。たまたま自分がうまく行ったからって他人が同じように振る舞わないのは勇気がないって決め付ける大人。
そんなのたまたま運が良かっただけじゃないか。失敗してたらきっと別の結論を出して正しいと合理化してるだろう。
しかも、自分が強者の立場にあることをよく知っている。そういうのって、

「卑怯だ。」

思わず口にしてた。その声は思ったより大きくて。え、この僕が。とシンジはそんな自分に驚いた。
その途端、大きな衝立の向こうから大きな笑い声が聞こえた。

「違う世代に自分の価値観をナマに曝しても無駄さ。」

「うっさいわね!あんたこそ違う世代の女の子の尻を追っかけるのいいかげん止めたらっ?」

「藪蛇だったな。――君が碇シンジくんかい? 俺は加持リョウジ、宜しくな。」

衝立の向こうからぬっと出てきた加持と名乗る男がシンジの手を包むような握手をした。大きな手だ、大人の男の手だ。
だがその握られた手は叩き落された。妙に慌てた態度。赤い制服にベレーにミニスカートという派手な制服。
若い女性しか着れないファッションを見事に着こなした将校(多分そうだろう)が大声を出した。
この制服誰が考えたんだろう、とシンジは思う。

「シッ、シンジくんッ、そいつと口聞くんじゃないわよっ!名前もすぐ忘れてっ。今のは謝るからっ。」

鼓膜を破らんばかりに叫ぶ! そんなに悪い人でもないのかな、とその必死の声を聞いて笑ってしまう。

「わたし葛城ミサト!あんたの直属上官は私なんだから、ほかの事に気を奪われなくていいのよ。この名前だけ覚えて頂戴。」

「葛城、ミサトさんですか。以前はお世話になりました。えっと直属って?」

頭を下げたあと、何のことかとシンジは怪訝そうな表情になったのだが、それは見ちゃいなかったようだ。

「見ってー、この素直なこと! あんたとは大違いねっ!」

ことのほかご満悦だ。
振り返った途端にうしろで手足をぷらぷらさせたり舌を出したりしている加持。シンジは噴出しそうになってこらえる。
最後にミサトに手を引っ張られる様にして室外に出た。

「ごめんなさいね、変なやつと会わせる事になって。」

「そんな、よさそうな方じゃないですか。」

「とんでもないわよ、あのバカッ!」

シンジは何か、この2人が自分とアスカの関係に似ているような気がして苦笑した。

「葛城です。碇シンジさんをお連れしました。」

分厚い木製の大きなドアが重々しい音を立て、きしんで開く。他のエアロック式の出入り口ではない。
わざとこういう音がでるように演出されているかのようだ。

「暫くだな、シンジ。」

その部屋の奥の陰に潜んでいた男が声をかけた。

「え、その声は。」

瞬間、明かりがついた。紛れも無くそのマホガニーの大机の向こうに座っているのは、シンジの父だった。
白い手袋と赤いサングラス、一見軍服のような制服。読めない表情。視線。
何のためにそんなものを付けるようになったのか知っている。母さんの葬儀以降だ。

「と、父さん。何でこんなところに。」

絶句する。その中から次第に怒りが湧き上がる。

「なんだよ、その格好。僕をこんなところに連れてきて、閉じ込めて。気でも、」

「正気だ。やらねばならないことをしているに過ぎん。おまえにも協力して欲しい。」

「なんだよ、大体父さんは勝手なことばかり言って僕を引っ張りまわして!」

自分の叫び声が幼児のように甲高くなっていくのに気づく。だが止まらない。

「葛城!」

「はいっ!」

「シンジにはまだ何も話していないのか。」

「そういう御命令でしたので。司令。」

「そうか…」

シンジの父親は何ごとか一瞬考え込む。

「赤木君を呼べ。それからシンジ。」

「何。」

「待たされついでだ。もう暫く待て。」

「そんな!」

「赤木君と行って、訓練を受けろ。お前に全てがかかっている。」

「そ、そんなの一方的過ぎるよ。なんの訓練だかくらいせめて説明してよ。父さんが直接っ!」

「今は時間がない。いずれ必ず状況の説明はする。赤木君の指示に従え。」

「父さんっ!」

「葛城、あとはまかせる。訓練は君が指揮を取って赤木君と協力して実行。」

「承知しました。さ、行きましょ。」

シンジの腕にまわされた手を、シンジはムキになったように振り払った。

「その人の説明に納得できなかったら、僕はここを出て行く。いいね、父さん。」

「勝手にするがいい。お前の道だ。」

ノックの音。

「赤木技術主任、参りました。」

主任、と言ってもこの本部の技術部門に関してはあらゆる権限は彼女に集中している。
実質的には冬月副司令に次ぐナンバー3の上位者だ。
入室してミサトと目をあわせ、互いに肯く。そしてシンジをじっと見た。

「これが碇シンジ。今後のことは打ち合わせの通りだ。葛城とともにうまくやってくれ。」

「承知しました。」

「父さんっ!」

「以上だ。」

あっという間にさらに2ヶ月が過ぎた。

信じられないことばかりだ。シミュレーション講習が来る日も来る日も続く。
同時に、特に武道系に特化した特別実技訓練。柔道や空手で、打ちのめされ叩きつけられ、空気を求めて喘ぐ。
喘ぐところを舐めるなと踏みつけられ、水をぶっ掛けられる。まるで前世紀の道場だ。
他にも体操や飛行訓練も受けた。懸垂すらままならない人間をゴムでぶら下げて振り回す。
急上昇や急降下、錐もみ飛行、地上に降りるたびに反吐をぶちまける毎日。
ボクシング、レスリング、シンジが耐えられたのは、奇跡か、父への意地か、それとも他の何かか。

「今日からはこれに乗ってもらうわ。」

呼び出された、いつもと違う深層部。巨大なプールに浮かぶ、信じられないほど巨大な紫と青のロボット。

「こ、これに乗れって言うんですか。」

プールの傍で、シンジはリツコを振り返る。

「そうよ、このエヴァンゲリオンを動かせるのは、世界中であなただけ。あなたのためにカスタマライズされた機体。」

「い、一度も僕に説明もせずに。」

「あら、あなたは説明を受けてそれに納得できなかったら止めると司令と約束しただけよね。
何時の時点で説明をするかまで約束してなかったでしょう。逆に言えば説明を受けるまでは辞める権利はない。」

にっこりと微笑む。金髪の研究者。換気システムが流す空調の風が白衣の裾を揺らす。

「た、たしかに。」

「どんなものでも、それを行う能力が備わってからと、これからその訓練をしなけりゃいけないのとでは判断は違うわ。
あなたが免許を持っているのと持っていないのとでは、車をもらえるかもらえないかの魅力も半減よね。」

「い、今はこれに乗れる能力がもう身についてるってこと、ですか。」

「その通り。あとは慣熟訓練だけね。要するに慣れるだけ。」

「父さんの命令は、これに乗れって、それだけなの?」

「差し当たりは、そこまでしかおっしゃられていなかったでしょう?」

「そ、そうだったよね。」

若い男の子だ。メカニカルなものにまったく興味がないわけはない。試しに乗ってみたら、と言うと同意が帰ってきた。

「とんでもない子だわね。」

「シンクロ率、52%、何の調整も無しで。こんなことがありえるんでしょうか。」

若い女性オペレーターが信じられないものを見た目でリツコを見る。

「でちゃってるんだから、後はそれをどう作戦実行上の機体操縦性向上に結びつけるのかってことよねー。」

「そういう事ね。後付の理屈など幾らでもあるわ。私のすべきはこの結果を踏まえてより運用実績を上げる事。」

「ハード面はめどが付いたと。で、次の課題は?リツコ。」

「パイロットの心理的安定性を図ること。そうでしょう。」

「劇的に行きましょうね。素敵ねー。」

2人の目と目が、次の課題を同時に掌握したことを示すように怪しく輝いた。

射出されたシンジの機体は、大音響とともに武装ビルの一つに収まった。瞬時に開くドア。
パレットガンを携え、一歩踏み出すと同時に、500m先の的に向かって腰だめに撃ちまくる。

「ナイスよっ。そのまま着弾点を集中させてっ!弾幕の煙が的を覆わないように移動しながら撃ってっ!」

移動方向や、煙の移動方向、風の流れなどが次々と画面に提示される。弾幕のバラツキが円形に現れる。
それを絞り、集中させる。的に当たる弾丸の速度からダメージが逆算され、前に進むべき距離が示される。
200m進行。

「すばやく前進して、敵の応戦に注意!」

赤い輪が敵の弾丸やミサイルだ。点となって現れたものが一気に広がりながらモニターぎりぎりを通過する。
首だけを動かしてそれを避ける。剣道をやっていたシンジにとってはなれた技術だ。ただスピードが違う。
此方の装甲を削られるぎりぎりを通過させて此方の弾丸を叩き込んだ。

『100,100,98,95,89,100,98,100、100、敵撃滅を認む。』

「すっごい!優秀じゃないシンちゃん!」

「それほどでも…」

「明日は、いよいよ屋外での模擬訓練よ。模擬敵を使っての実戦と同じ訓練を行うわ。」

「は、はいっ!」

「わー、楽しみよねえ。」

「はいっ。」

すっかりこの巨大なおもちゃが気に入ってしまったシンジは、本気でそう返事をした。
巨大武器が何のために存在するのか、敵とはいったい何なのか。一番確認すべきことを忘却していた。

「まぁ、すこしばかりの思考誘導は許されるわよね。」

「誘導と言っても男の子の夢みたいなもんだしー。願望刺激って程度でしょ。全然問題ないわー」

「でも、たいしたものだわ。戦闘シミュレーションの結果も立派なもの。」

「レイの水準を遥かに超えているわ。ただあの子のような命がけの使命感みたいなものは無いけどねー」

「そう簡単に消耗されちゃったら困るわ。臆病さが身を守るし、防御訓練にも熱が入るって事なのだから。」

リツコが額に指をあてる。

「で、明日はその臆病さを刺激し、怖いということを知ってもらうわけだけど。
あの子にはどう言ってあるわけ?ミサト。」

「新しいチルドレンが来たから、先輩として格の違いを見せ付けてやりなさいって言ってあるわ。」

「うぬぼれはその子の為にならないから。命に関わるものねえ。」

にやりと笑いを浮かべた。

「そういうこと。」

「いい?シンジくん。今日は夜間設定の訓練よ。だからモニターの画面はかなり暗く設定してある。
目に頼るだけでなく、次元レーダーをよく見て相手の位置、高さを推定しながら動く。模擬敵はかなりハイクラスよ。
遠慮せず積極的に。遠慮してるとやられるわよ。多分死にはしないけどかなりのダメージを食うわ。
骨くらいは一本二本逝っちゃうかも知れないわね。」

「多分、て。随分実戦的なんですね。」

「わたし達には時間がない。それは事実よ。もう戦いは始まっている。一日でも早く新戦力が必要なの。」

「もう始まっているって、どういうことですか。」

「シンジくん。あなた、京都での噴火。自然災害だと聞いてそれを鵜呑みにしていた?」

噴火? 一瞬、シンジは記憶の中を手探った。ものすごい勢いであの時起っていた事が頭の中を駆け抜けた。

「あっ、ああっ!そうだ、そうだった。寺と神社、高校、地震と噴火。みんなが避難して。」

夜空に上る都市中心部の炎、金色の火の粉が吹き上がった。
美しい着物姿や、可愛いコートを纏った、淡いばら色の唇。青い瞳、抱きしめあった感触。

アスカ!

「え…何故…」

忘れていた?何でこんな大事なことを忘れていた?
ここに来てからの毎日、なぜ、こんなに素直に大人しく暮らしていた?何も思い出ださず、何の疑問も抱かず。

「どういう…こと?」

「どうかした、シンジくん。」

しゃがみこみそうになっていたシンジの目の前。
ミサトが心配そうな顔をして身体を横に曲げ髪をたらして覗き込んでいた。
ミニスカートから突き出た魅力的な足。
女の匂い。その匂いを吸うと記憶が消えそうな気がする。シンジはばたばたと後退った。
今まで感じていた、ふわふわとした幸福感、ぼんやりと日常として過ごして来た何ヶ月か。
そのヴェールが剥がれ落ちていく。何だ、一体これはどうなってるんだ。

「行くわよ、射出準備。シンジくんはエントリープラグへっ。」

操縦桿を握った。
これは何だ。僕は何をしているんだ。エヴァンゲリオンと言うこの機体は僕に何を求めるんだ。
考えられたのはそこまで。
激しい衝撃が、Gが身体中にかかった。

「ぐっ、ぐぐぐううっ!」

がしゃんっ!

目の前のシャッターが開き、機体は反射的に前へと踏み出す。

「シンジくん!敵は目の前よっ、ぼんやりしてたら、まじ死ぬわよっ!」

目を凝らした。視野が暗く、雑音とノイズの間から敵の姿がおぼろげに見えた。
2つ、いや4つの強く輝く点が見えた。2機?いや、あれは。
いきなり敵は跳躍した。
胸板に激しい衝撃。
続いて崩れた態勢で踏みとどまったシンジの足を払い、宙で殴りつけた。

――痛みがフィードバックされるシステムなど糞くらえ!

竹刀でまるで楽しむかのように散々叩きのめされた1年生の頃の屈辱と恐怖が蘇る。

――僕はもう、弱虫じゃない。戦って身を守ることだってできる。

吼えた。敵の影を振り払って、腕を取った。驚いたように敵は後退しようと手を振り払う。

――させるか。

腕を振り払おうとする敵の動きに合わせて地を蹴る。そのまま敵のアゴを思い切り膝で蹴り上げた。
そのまま激闘。実際にどのくらい時が立っているのか。殴り、蹴り、引き倒し、転がった。

突然!モニターの一部に数字が現れ勢い良く減っていく。

「えっ!」

「格闘中にアンビリカルケーブルを抜かれたみたいね。後がないわよっ!」

「くそおおおおおおおっ!」

勢い良く敵に突っかかって行ったが、いきなり敵にダメージを与えられるわけもない。
逆に、右ひじ。左ひざの裏側など、急所を鋭く突かれ、戦力がダウンする。動きが鈍くなる。
最後の十秒はもう腕を振り回しているだけだった。
目がかすむ。モニターのせいではなくシンジの肉眼のせいで。その時頭上に敵の影が広がった。
身をすくませた瞬間敵はエントリープラグの収納部に直撃を与えようとしているのだ。
頭を抱えた瞬間、警報音とともに電源が落ちた。座席の位置は水平方向から見て90度。

プラグスーツなアスカ

がしゃっ。外側からエントリープラグの非常用ロックを解除する音が聞こえた。
丁度天井の位置。そこから光が差し込んだ。

「新人のクセに、随分手こずらせてくれたじゃないの。」

明るいアルトの声が飛び込んできた。
振り返って見上げるそこには、赤のプラグスーツの下半身があって。
仮想敵のパイロットがしゃがみ込んで中を覗いていた。金色の髪と、青い瞳。

「たかが訓練じゃない。もっとこうスマートに行きたいもんよねえ。」

「ア、アスカ?」

「え?」

暗がりを覗き込んだその先に、シンジがいた。

「シ、シンジ?なんでここに。」

シンジはベルトをはずし、椅子から水面に転げ落ちた。
そのまますぐ立ち上がって水音を立てて走った。アスカは中に飛び込み、手を広げた。
駆け寄り、抱き合って互いを振り回す。

「アスカ、アスカアスカッ。」

「シンジッ、ああ、シンジシンジシンジッ!」

きつく抱きしめあい、少し背伸びをしながらシンジのキスを受けたアスカ。
前と感触が違う、と違和感を感じた。
僅か半年。育ち盛りの二人。シンジは背が伸び、逞しくなり、アスカは幾分胸が豊かになって腰も細くなっていた。
抱き合ったまま、唇を離す。互いの顔を見る。
半年。たった半年離れていただけなのに。君の顔が、潤んだ涙の向こう側に見える。
袖で顔を擦るシンジ。
何度も手で頬をしゃくりあげるアスカ。
身を切られるような、喪失感。寂しさ、孤独、そんなものに押しつぶされそうになっていたのが、今、分かった。

もう、離れられない。

二人はそう思う。
そして、もう一度絡み合うように身体を抱きしめあった。自分が、掛替えのない相手の身体に浸み込んでいくよう。

「おーい、シンジくーん。どうなってるの、報告しなさーい。電源切れてると何も見えないのよ。」

エントリープラグ後方のハッチの陰。アスカの機体からもここは死角。
ミサトの声が数回響いたが、二人には何も聞こえていなかった。

雪の思い Two of us #4    2006-04-03 komedokoro

Author: こめどころさん
初出: 2006/04/06
はい、こめどころさんより雪の思い#4でした。
出だし第一話でほのぼしんみりな話と思いきや、エヴァと使徒登場です。
シンジ君鍛えられてますね。強くなっていく男の子はいいです。まさに王道!
私的にはエヴァっぽいというか、それらしいお話になってきていいなぁとか思ったり…?
(しんみりなお話やほのぼのなお話がお好きな方、すいません。)
あ、でも、今回見事に最終回ではないですね…。
当初の粗筋?通り話は進んでいるようなのですが、一話に収まりきらなかったそうです。
あーでも!次こそ終わりです。…多分(爆)

このお話を書かれたこめどころさんに、是非ご感想を。
こめどころさんのサイトはこちら。"アスカの旗の下に"
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