「眩しい。」
思わず手を翳す。今日も晴れだけど、この空の青はあたしの家の空とは違う色。
ホテルを出ると、もうすっかり明るくなり、むっとする朝の日射しが道路に差し込んでいた。
見上げた高速の高架にはもうすぐ車がぎっしり詰まってのろのろ流れて行く事だろう。
夜明けから2時間後。既に繁華街特有の悪臭が篭っている。
夜8時に同伴で店に入り、12時にOpenの看板を裏返したその後は、ダラダラと客と喋っていた。
昨夜の男は私のお馴染みの上客で、気前良くボトルを入れてくれる。チーズやフルーツも取らせてくれる。
口癖は『サラリーマンと飲み屋は相身互い.』だ。株をいじって結構な金を稼いでいるらしい。
しつこく聞いたら今月は800万稼いだと言っていた。富の偏在による不公平よね。
まぁあたしにも国家予算程の額のマシンに乗り込んで、始終ぶっ壊して浪費してた経験があるんだけどさ。
大きな声じゃ言えないけど自分が不公平の中心だったから誰にも文句は言わせなかったわ。
『だけど、こんな大商いの月は珍しいんだ。まあ普通はせこせこいじって均せば60万くらいかな。
これを専門にやって遊んで暮らすという訳にはいかないからね。』
羽振りのいい、まだ若手のビジネスマン。月60万プラス年2回くらい800万と言えば2000万以上になる。
貰った名刺を見ると、なんだ元々この人は大企業の役職者なんじゃないの。
ということはサラリーだけだって2000万は行くんじゃないかしら。
妙に若く見える人だけどたいしたもんだわ。
元々投資した額が多いなら、地道に売り買いすれば、比較的安全に稼げる道理だ。
お金は金持ちの所に集まるって言うのはこういう事を言うわけね。
と、他人のふところ具合が見通せる程度世渡りが達者になった分、あたしも大人になったってことか。
『うらやましいわぁ。』
それでも正直あたしは思う。お金があって邪魔になるものではないし、どんな金でも金は金だ。
そんな男がこんな場末の店に来てくれて自分を贔屓にしてくれてる。それが今のあたしの財産だ。
『――さんに私のお金預けたら増やしてくれるぅ?』
『そりゃあ無理だよ。もともとの種金が幾らだったか知ってるから気楽に突っ込めるんだ。
人の金を増やそうなんてしたら、あっという間に勘が狂ってお釈迦さ。』
『何よ意地悪なんだからぁ。』
『本当のことさ。だから精々ここに通って金を落としてるじゃないか。』
甘えつきながら思う。多分この人は金持ちにしては誠実な人なんだろう。
確かに責任を負った金なんて預かれるもんじゃない。
甘いマスクで結構いい男。娘さんの事とか、奥さんの事とか屈託なく話す。
人をそらさない話術もうまいと思う。自分が接待されてるようだ。
この人が来ると店の女の子達が皆で周りを取り囲むことになるけど、あたしのお客なんだからね。
店に来るなり「アスカちゃんいるかい?」と言ってくれるのは約束事とは言え嬉しいものよね。
「若い頃は、上に叱られたり怒鳴られたりしちゃあ、飲み屋でくだ巻いて世話になったもんさ。
安酒頼んで、店にはたいした稼ぎにゃならないのに、ママも女の子も優しくしてくれた。
そのおかげで何とかやって来れたんだ。だから今はこっちが落としに来るんだ。」
「それで相身互いってわけ?でも今だって大して歳は取ってないようだけど。」
「若く見えるだけさ。白髪が出てくる歳になった。」
それから3時間後、ぐたぐたに酔った男をホテルに連れ込んで寝かしつけた。
今日はちょっとピッチが早すぎたみたいね。
終電は終っていたから、ツインルームを取って、あたしも隣のベッドで泥みたいになって寝た。
靴を脱がして、背広とズボンを椅子に背にかける。ネクタイと靴下を取る。
下着だけにしてベッドに転がし、毛布をかけてやった。
もし、あたしに夫がいたらこんな事が日常なんだろうなと、ちょっとだけ想像してみた。
前にもそんな事があった。
あの時はあたしが潰れて、この人が介抱してくれたんだけどね。
気が付くと、男は背広を肩に羽織ったままソファに腰掛けて、窓の外の白んだ東の空を眺めていた。
胸がきゅんとなる程寂しげな、深淵を覗き込んだような横顔をしていた。
この人も、何かを胸の中に抱えている。その時彼が振り返り、一瞬だけ感じた心の痛み。
――いけない。こんな事だからあたしはしょっちゅう男に騙されるんだ。
そんな事があってから、この人はあたしの特別なお客になったわけよ。
今日は書置きを遺して先にホテルを出た。7時にモーニングコールをセットしたのは親切心から。
遅刻したら可哀そうだからね。
あくまで業務上の親切なんだからねっ、と小娘の頃のように腰に手を当てて指をさす。
頭の中での想像。自分でやって苦笑した。
まぁ、あたしはこんなことをしながら今を生きているわけ。
あたしが住んでいるのは、使徒戦役の前は、軍の兵舎だったところで、はっきり言って酷い所だった。
高いフェンスに囲われて、その向こうは有刺鉄線が転がされていて。銃座付きの高い監視台もあった。
何で軍隊ってとこはたいしたものも無いのにこう物々しいのかしらね。
あたしが初めてここに来た時あったものというと、真っ黒な防水塗料を塗ったバラックと板塀。
汚い水溜りと赤錆びた機械屑。錆びた空っぽのドラム缶。朽ちかけた開放式の飲用不許可の井戸。
腐った薬莢とか穴の空いた軍用ヘルメット。風邪をひいたセメントの袋が幾つも。片方だけの軍靴。
詰まって溢れ出している浄化槽を中心に、鼻が曲がりそうな悪臭が3haに渡って篭っていた。
薮蚊と蝿、それを狙う女郎蜘蛛だらけの、不潔で危険な、普通の女ならまず近寄らない場所。
だけど、軍の施設と言う事があたしを引き寄せた。育った所と似ているのを懐かしいと感じたのかもね。
兵舎なんてどこも同じようなもの。あたしが育ったドイツの兵士用官舎もひどいものだったわ。
今ここはU字溝が埋め込まれて水もはけたし、有刺鉄線も無い。建物も真っ白に塗りなおした。
水道も通ったし、井戸換えもしたし、浄化槽も新しくなった。簡易浄化槽だけどね。
フェンスには誰が植えたのかバラまで所々に咲いている。見方によっては瀟洒ですらある。
「たっだいまあ〜。」
ドアを開けると板張りの床に、パンプスを跳ね飛ばしながら転がり込んだ。
「ああ、疲っかれたぁ〜。」
その場にだらしなく腰を下ろし、煙草を咥えると地面に転がったかぼちゃが幾つか見えた。
「おかえりなさい、アスカ。」
「おかえりじゃないわよ。何度言ったらドアにちゃんと鍵をかけんの?
戦後はいろいろ物騒なんだからね。あんたもいい加減、警戒とか用心てこと覚えて貰わないと。」
文句を言いながら煙草に火をつけ煙を吐き出した。帰宅後の一服。妙な習慣が付いたもんね。
茜色の海から戻ってきた人間は、互いを分かり合っているとか言う話だけど、あたしにはその記憶はない。
それに記憶と人の想いを共有したからといって、犯罪がなくなるわけじゃないしモラルが向上した訳でもない。
相変わらず貧富の差は大きいし、戦役前から金のある奴ほど今だって金持ちだし。豊かなら幸せも多いだろう。
それに比べていろいろな物を失った普通の市民は、親子同士で殺しあうことがある世の中だ。
自分の考えだって一つじゃなく、その日その日の立場によって右にも左にも転がってしまう。
昨日の自分と今日の自分だって赤の他人。それが現実を生きると言う事だというのがみんなの本音だ。
今でも基本的な食料配給がなければ生活の成り立たない層が、人口の4割を超えている。
人間は生きるために、自己を自己と把握するためにささやかな嘘をつく。裏切る。それが増殖する。
一つで足りなければ二つ、小さすぎれば大きく。そして人は他人を傷つけ、殺しさえする。
殺人も傷害も強姦も増え続けている。生活が始まれば無邪気なままではいられないさ、と呟くしかない。
そうしなければ生きていけないのだから。
生きていけないことは罪か。子供や妻を守るための努力は罪か。その為に犯す罪は赦されないのか。
人がたどり着く場所はいつでも汚れた場所でしかないのか。
人間って、いつまでもそういうもんなのかもしれない。
だからあたしたちは神様と戦う羽目になったのだろうと思う。
どちらにしろ、あたしには海に蕩けていた記憶は無く、だから戦前と意識はちっとも変わらない。
みんなの言ってる赤い世界が本当にあった事なのかどうかも、経験がない以上確かめようがなかった。
第一、その溶け合った安らぎの世界も今はどこにも存在しない。
あったとして、それでどうなるというの。
「ごめん。あの子を幼稚園バスに急いで乗せた後で、忘れてしまったの。」
「幼稚園バスぅ?やだ、もうそんな時間?」
慌てて柱時計を見上げたらふらっと立ち眩みがした。今頃になってまた酔いがぶり返して来たみたい。
アルコール、大分強くなったと思ったんだけどなぁ。
「とにかく背中のジッパー降ろしてよ。それと冷たい水一杯、ジョッキで。」
煙草を脇に置いて、店用の『戦闘服』を脱ぎ捨てる。
丸めて投げたのを彼女が宙で受け止めて裏返し、ハンガーにかけてくれる。
顔をしかめて脱臭スプレーを吹き掛けている。高いスプレーだけどしょうがない投資だ。
「お酒臭い。香水と煙草と汗の匂い。」
「それと男の匂いね。しょうがないでしょ。
私たち3人、その臭いもんで食い繋いでるってこと忘れんじゃないわよ。」
そうしておいてスリップ姿で戸口に座り続ける。日ざしが少しずつ足指に近づいてくる。
井戸水をビールジョッキで一気に飲み干す。鮮烈な冷水が身体中に浸透していく。ああ。
「忘れてないわ。」
「そりゃ確かにあんたは私の3分の1くらいしか食べないかもしれないけど。」
「その代わり、息子がいるから。幼稚園にも行かせて貰ってるし。」
――誰もそんなこと言ってないじゃない。それにあの子はあたしたち2人の子でしょ。
そりゃあ、確かにあんたが産みの母で、あたしは外で稼いでくる、いわばお父さん役だけどさ。
不満そうな顔をして黙り込んだあたしを宥めようとしてか、レイが呟くように言った。
「もうこっちに上がったら?アスカ。」
ああ、この、機嫌を伺う子犬のような眼。それがあたしを少しイラ付かせた。
「臭い匂い」がするであろう古めかしいスリップをさらに脱ぎ捨て部屋に上がる。
ショーツとブラだけで座布団に腰を降ろし、胡坐をかいた。
井戸に下げて冷してあった麦茶のボトル。湯のみに注ぎ、口をつける。
湯飲みの外側に付いた水滴があたしの手のひらを濡らし、その水気で額を拭う。
「あの子は元々あたしの子よ。あんたが負担に思う必要なんて無い。」
「でも、私が産んだんだもの。」
「ちょっとレイ、忘れないでよっ。あたしの卵なんだからね。」
卓袱台を叩いて怒鳴ってから自分の口を塞ぐ。
思わず所有権の主張(っていうか親権?)をしちゃったけど朝っぱらから大声で話すような話題じゃないわね。
「やめた! ごめん、とにかく朝食にして。」
「和食と洋食、どっちがいい。」
「和食。味噌汁つきで。ちょっと二日酔い気味だから。」
「タラを焼いたのと茗荷と豆腐の味噌汁、大根と人参の漬物。玄米粥。納豆つける?」
「納豆味噌汁いいわね。食べるわよ。漬物は人参よりナスの方がいいな。」
庭になっているナスがそろそろ食べごろだったはず。プチトマトとシシトウも豊作だ。
さっき玄関前に転がっていたかぼちゃもある。
葉っぱばかり育ったのでうら成りになるかと思ってたけれど、何とか食べれるようになりそうじゃない。
茗荷も裏庭にまだ一杯生えている。素麺にも漬物にも味噌汁にも色々使えるから茗荷って好きよ。
物忘れがひどくなるとか言うらしいけど、だったら素晴らしいじゃない。忘れたい記憶なんてごまんとある。
「秋茄子、嫁に食わすな。」
引っこ抜いてきたドロ葱を洗いながらレイが呟いたのが聞こえた。
「だれがいつあんたの嫁になったっての!」
すかさず言い返す。だからそこで嬉しそうに笑いなさんなっての。
「浅漬けでよければ初モノの茄子が漬かってる。じゃあ、用意する間にお風呂行ってらっしゃい。」
あんたこそ、どこかお嫁さんみたいに、あたしに指図するじゃない。
さっき怒鳴った分だけ、不思議とレイの表情が明るくなっている。変なヤツ。
太い横縞のクルーシャツとジーンズの短パン、セッタを突っかけるのが風呂へ行く時の定番。
髪をからげて、洗面器と石鹸とタオル持って、何時ものように戸口を出る。
今の時代、内風呂は少ない。水道代も燃料費も馬鹿にならないからだ。
家に小さな風呂があるより大きな風呂屋に入るほうがあたしとしては趣味だ。
近所の年寄りが言うには1950年代がこんな感じだったとか。それでもあの地下都市よりずっといいわ。
ホステスや深夜便トラックの運転手が多い関係上、この地区は朝風呂が開いているのがありがたい。
200mほど行った角にバラックのような風呂屋がある。最初はこのバラックの土間に5本のドラム缶が
並んでいいるだけだった。それがいつの間にか大きな広い浴槽が取り付けられ、洗い場はべトンの床に。
錆びたボイラーがごうごうと音を立てるようになった。だが相変わらずの男女混浴の風呂だ。
一応申し訳程度に衝立てで仕切ってるけど、どこかの壊れた小学校から拾ってきた布製のものだ。
ほら、良く学校の保健室にあるような。大人が立ち上がれば向こうは丸見え。
もっとも見えたからといってそれを恥ずかしがるような育ちのいいお嬢様はこの地区にはいない。
お互いちらちら見えたって構いはしない。子供達だって兄弟みたいに育ったのばかりだし、親に
恥ずかしいなんて感覚がなければ子供も恥ずかしがったりしない。
「いずれ昔風のでかい風呂屋をぶっ建てる!」と店主は常々言っている。意外と儲かるのかしらね。
あたしも幾らかその『中世の城のような風呂屋』というのを見てみたいものだと思っている。
ほんとに20世紀には姫路城とか松本城みたいな風呂屋なんてものが存在したんだろうか。
「よう、アスカ。相変わらずいいパイオツしてんな。一度揉ませろや。」
「ばーか、あんたにやらせたって幾らになるっての。」
「おっ、金さえ積めばやらせてくれるってか?」
「じょーだんっ!あんたなんかの粗チンじゃちっとねーっ!」
ばっと勢い良くシャツとパンツをカゴに脱ぎ捨て、浴場に入って汲み出した湯を数杯頭っから被る。
それから熱い湯の中に、奥歯を食い閉めるほど我慢しながら浸かって行く。
湯温は43.8度。今日も気合入ってんじゃないのよっ!
くっくくっ。これ、計器狂ってんじゃないでしょうねぇっ。
「うっ、くあ・あ・あぁ―― 」
必死で堪えてんのに、周りの男どもと来たら、そんなあたしをかたずを飲んで見つめてんのよ。
ごくっと、全員の喉仏が上下する。――とにもうっ!
「うわあ、たまんねぇ―― その悶えっぷり。白い喉がよォ、反り返ってよう。」
「お、俺もう、おもて行ってくらっ。おっ立っちまったぁ。」
「ひょお〜、ピンクに上気してく肌がたまんねえっ!」
こんな事耳元で獣臭い息吐きながら言われたらたまらないわよ。
しかも毎回!おったてるのは勝手だけどあたしだって女なんだからね!
「馬っ鹿じゃないのあんたらっ、向こう行きやがれっ、っあちちぃ〜っ。」
大声で怒鳴ると幾らか気がまぎれる。あたしもホント、ガサツになったもんねっ。
水も足さないでやせ我慢。こういうのを江戸っ子爺さんとか言うんだってさ。
馬鹿男どもが群がってくるのはいつものことだ。そのうち本気で金取るぞまったく。
隣の温湯(ぬるゆ)に入ってる小母ちゃんたちが声かけてくる。
こっちはちょっと動いただけでも飛び上がりそうなのにぃ。
「いいねえ、男どもにそうやって騒いでもらえるうちが華だよアスカちゃん。」
「そういうこと、あたしだって10年前にゃ街歩くと男の2,3人も声を掛けてきたもんだ。」
「そうですかぁ?鬱陶しいだけ。
お店で一晩中媚売ってるんだから風呂の中でくらいはノンビリさせてほしいわ。」
「女が見たってあんたは色っぽいよう。男どもが騒ぐのは無理ないやね。」
小母ちゃんたちが混ぜっ返して、大笑いする。
こっちは笑顔で応えるところが粋なんだけど。うぉ…っちぃ、身体が焼け爛れそう。
熱い風呂に入ると特に浮き出てくる身体中の傷。
お客さんにも、前の男にもこんな怪我負ってよく生きてたなって言われたな。
男どもの歓声はある意味あたしへの善意の応援でもある。
最初に来た時なんか、あたしの身体見てみんな気の毒そうにしんとしちゃってたもん。
「ふふ、みんな優しいよね。」
「大丈夫だよ、あんたは顔だって綺麗なんだし、ちょっと身体に傷があるくらいなんだい。」
「ちょっとじゃあないけど。ま、ついたもんをくよくよ言ったってしょうがないよね。」
「そうそう、帰ってこれただけでもありがたいもんだ。」
「死んだらおしまい、生きてて何ぼ。」
「そうよね。」
そう言って、身体に残った傷を湯で擦ってみるけど、幾ら洗ったって治るもんでなし。
大きなケロイド状の傷、細かい無数の傷。
自慢にしていた肌理(きめ)の細かい肌は変わらないだけに余計醜さが目立つような気がする。
でもそんなこと言ってたってしょうがないもんね。何事も前向きが一番。さぁて帰るか。
ザバッと上がって、薄暗い浴場を、前を隠しもせずにずんずんと進む。
どうだ、あたしの身体、きれいでしょっ。スタイルは今だって一番でしょっ。
しゃがみこんで、下からマジマジ見上げてる奴を、桶で2人ばかりぶっ叩いた。
「とっとと帰って来るかと思ってたら長湯だったわね。あなたにしては珍しいわ。」
「あぁ、今日は男どもが多かったから群がってきちゃってさぁ。」
濡れたタオルをパンパンとはたいて、縁側のロープに引っ掛けた。
子供のシャツとかあたし達のインナーとか、色とりどりの軒下。
その向こうに見える物干しには大判のシーツがぽたりぽたりと重たそうに水を垂らしている。
この日射しだ。午後には竹ざおの上にはためくだろう。
2段重ねの物干しに、タオルケットやジーンズなど乾きにくいものが干されている。
屋根の上には布団。縁側には枕と三つ折りのマットレス。
よくレイのあの細い身体でうまく屋根まで持ち上げるものだと感心する。さすがはエヴァパイロット。
風呂上りで喉がひどく渇いている。もう一度、麦茶をもらって飲み干す。
「朝ご飯、食べるんでしょ。」
「え、うん。」
青空に映えた洗濯物を見上げていたあたしは、振り返って朝食の並んだ卓袱台にどっかと腰を降ろした。
割り箸を咥えてピシッと音を立てる。ぷんと漂う杉材のいい香り。日本文化って素敵よね。
「やっぱり少し味が薄かったから、もうちょっと塩もみしたわ。」
浅漬けの茄子が小皿に乗って出てきた。一昨日のスイカの皮もほんのり赤を残して白磁に映える。
汁椀を取り上げて啜りこんだ途端、冷ややかな目をしてレイが言った。
「アスカ、ズボンの前チャック、開いてる。」
慌てて短パンの股間を覗き込んだら赤と青のストライプが覗いてた。
吹き出しそうになったのをやっと堪え、片手でジッパーを引き上げた。
こッ、このままで風呂屋からここまで歩いてきたって!
「馬、馬鹿〜〜ッ!」
無論、あたしが、だ。