その手はなんの為にある?

AzusaYumi

あの戦いが終わって、もう二年近くなるのかな?
サードインパクト後、世界や、様々な組織は混乱していた。
でも、私のごく周りでは、とても当たり前な退屈で、バカみたいな日常が戻ってきた。

…それがいけないってわけじゃなかったけど、常にあの戦いで、いや、そのずっと前からだったけど、緊張状態にあった私は、この日常がかえって非現実的なものに思えて仕方がなかった。でも、シンジの方はこの退屈で平凡な生活の方が良かったらしい。この日常生活で、前とは違ったお愛想じゃない笑顔を浮かべていた。
サードインパクトの直後の、赤い海辺の白い砂浜で、アイツがどんな精神状態だったか知らないけど、シンジは私の首を絞めた。
アイツも何かに追い詰められていたのかもしれなかったけど。でも、なんで私の首なんか絞めたんだろう?
でも、このごく当たり前の日常生活でのシンジは、そのことは綺麗に忘れたのかどうか分からないけど、何事もなかったかのように日々の退屈に溺れていた。

…きっとアイツにとってはそれが一番幸せなのかもしれない。

ただ、私にとってのこの生活は何かに欠けていた。

私とシンジ、そしてミサトの三人はあの戦いの後で相変わらす一緒に暮らしていた。
混沌としたネルフの組織だのなんだので人事の異動というのがいまいち明確にならずに宙ぶらりんの状態にあったから、私たちは結局のところ、"現状維持"ってヤツになった。
私はドイツに帰ろうと思えば帰れた。ただあそこには…義理の父と母が居るだけ。
嫌いではなかった。でも、あまり好めなかった。
両親は…あの二人は、私の事よりも"自分達"の事を考えている。小さな頃に聞いた二人の睦言…大人の気持ちの悪いやり取り。聞くつもりはなかったし、聞きたくもなかった。でも、聞いてしまった。
…そう、あの二人にとっての私は"足枷"。いつでも"捨てられる"ものだった。ただ、成行きと義務で私を引き取って面倒を見ていた…そんな感じだった。母は人工授精で、今の父でなく、他の男性の精子で私を産んだ。私が生まれた頃には今の父は今の母…義母と既に関係を持っていた。実質、彼らとは戸籍上で一応縁があるだけで、血の上では…ただの赤の他人だった。
私は限りなく私生児に近かった。
ただ、私がネルフの優秀な科学者の娘だったこと、そしてその為に私がエヴァのパイロットとして選ばれた事で…面倒を見ざる終えなくなったという感じだった。

小さかった私に、あの二人はサルのぬいぐるみを、他の人は"エヴァ"という人形を与えた。私はあの二人から貰ったぬいぐるみを踏み潰し、引き裂いた。

いらなかったから。私は子供じゃない。

あの頃は本当に子供だったけど、子供じゃない、子供でいるつもりはないって自分に言い聞かせていた。それに、私は子供としてこの二人に世話になりたくない。何よりも他の人からも子供として扱って欲しくなかった。一人で生きたかった。そして私はそんなサルのぬいぐるみよりもずっと凄いもの、選ばれた者のみが乗る事が許される、他人と私の違いを表すモノ、そう信じて"エヴァ"という人形に乗った。

…結局、それを選んでも何の意味もなかった。
いえ、エヴァに乗って、死んだと思っていた…"そこに居た"ことに気がついていたけど、でも、気がつかないふりをしていた"ママ"に逢えた。ただそれだけ。

とにかく私は今更ドイツに帰って、両親に、あの二人に、面倒を見てもらいたいとは思わなかった。

私とシンジが高校に入学するころ、苗字を変えた霧島マナが入学してきた。
元戦自所属の裏切り者、スパイ。
シンジが…ほんの少しの間、付き合っていた女。
本当は"友達"、いえ、"ガールフレンド"のふりをしてシンジに近づいて、ネルフの情報を探りに来た女だったけど、シンジに対してはそれなりの想いを抱いていたみたいだった。

入学早々マナは、シンジに親しげに話しかけた。
前にあったことは、
「あの頃は、世界中が戦いとかそういうので余裕、なかったもんね。
 私も、戦場に借り出される為にいた"子供"だったもん。シンジと同じだね。」
と言って、仕方ない事だったから、過去の事にして水に流せと言わんばかりにシンジについてまわった。

 …思えば私の"非現実的な日常"が、前のように張り詰めたような、何かに追われるような行き詰まった日常に変ったのはこの女がやって来た時からだったかもしれない。

シンジはマナを拒絶したりはしなかった。
シンジと少しの間付き合っていた頃、無遠慮に"愛してる"とか、スパイだったクセに、本当は他の誰かの方が大切だったクセに、最後にわざわざ"シンジの事は好きだった"とか、そんな風に言って情に訴えていたりしてはいたけど、結局、自分が裏切られた事には変らなかったのに、バカなシンジはマナを受け入れた。

…私にはそれが我慢ならなかった。

「あら、無敵のシンジ様。心が寛大ですこと。裏切った女でもお付き合いするのねっ!!」

学校の廊下で、バカシンジにつるむバカ女を見て、私はいつものように嫌味を言う。

「…別に…。」

シンジはうんざりしたような顔をして、いつも通りな返事をする。

「せっかく嫌な戦いが終って、平和になったんだから、私もようやくシンジに逢えたんだし。
シンジと話しててもいいでしょ?」

シンジの腕を掴みながら、相変わらず間抜けな笑顔を見せてマナが言う。

…何が平和よ、あの戦いを知らなかったクセに。ヘドが出そう…。
最後の量産機との戦いの事を思い出すと、右腕が痛んで左目が引きつる。
傷は残ってないけど、魂の奥底に刻まれた痛みが蘇る。
この女に、バカシンジに、私がどんな目にあったのか、分かるもんか。
でも、そのことはシンジにもこの女にも言わない。同情買ってるような事言いたくない。
死んだって言うもんか。

「平和平和、バッカじゃないの!!何が平和よ!
 今だに世界は混乱してるのに、アンタ、脳みそ入ってんの?!」

私はマナを睨みながら言った。でも、それを聞いたシンジが顔をしかめた。

「そんなの、マナには関係ないだろ。」

いい加減にしてくれと言わんばかりにシンジは言った。

…ヘドが出そうだ。
この女もそうだけど、シンジを見ているとイライラする。
気持ち悪い感情がドロドロと私の中に渦を巻く。

「脳無しのバカ女に、バカ男!!せいぜい平和と信じて、のうのうと暮らしていればいいわっ!!」

…まるで負け犬の遠吠えみたい。
負け惜しみみたいな捨て台詞。最低。
私はそう言い捨ると、この二人の側から離れていった。

毎日のように繰り返されるシンジと私との間の嫌味と皮肉の応酬。
そのうちシンジはマナや私よりもずっと無口で大人しいファーストと一緒にいることが多くなった。
いえ、シンジはマナよりも私の事を避け始めた。

…当然か、毎日ロクなことを言ってないものね。

でも、家に帰れば、一緒に暮らしているから嫌でも顔を合わせる事になる。
高校に上がる時に、別居の話も持ち上がったけど、私は特に出て行く気にはならなかったし、シンジも出て行こうと思わなかったようだった。
でも、今では後悔している。
アイツと一緒に居ると、まるで何かに縛られているみたい。
とても閉塞したような感じ。
その中で私はただ苛々するだけ。
気持ち悪い。
この狭い世界は私を締め付けるだけだ。

プルルル、プルルル。

学校で不必要な授業を受けた後の昼の休憩時間。私の携帯電話が鳴った。
着信を見たら、ミサトからだった。

「あ、もしもし。アスカ?」

「…何よ。」

今日もシンジの態度や言動、その他色々な事で苛々していた私は、少しきつい言い方で電話の返事をした。

「…あらあら、つんけんどんね。まぁ、いいわ。チョッチ、アスカに用事があったんだけどね。」

あっけらかんとしたいい口調。相変わらす人を舐めた言い方をするわね。この女。

「…何の用よ。」

「…あなたの親権に関することよ。ずっとネルフやドイツ側とかで審議してたんだけどね。」

「…ふん、また大人の都合ってヤツか。」

私はムカムカしてきた。本人の意思に関わらずに勝手に相談、勝手に決める。いい加減にして欲しい。

「…それで、色々とあるのよ。
 だから、チョッチ、アスカにネルフへ出頭して欲しいんだけど。」

「…アンタらの都合で?付き合ってられないわ。」

「あなたの今後を左右する重要な事だから。
 アスカには悪いんだけど、来てくれないかしら?
 学校側にはネルフに関する用事って言って連絡つけておいたから。」

これを聞いてはヘドが出そうになった。
こちらの都合はお構いなし。事前に何でも決めて、勝手に実行。胸が悪くなる。

「…もう勝手に根回ししてんの?ムカツクわね。」

「ごめんごめん。でも、どうしてもなのよ。来てくれる?」

「"来てくれる?"じゃなくてもう行くことになってるじゃない。」

「じゃあ、ネルフの第三会議室で待ってるから。」

ミサトはそう言って電話を切った。
…勝手なことしてくれて、ふざけるな。
私はどうしようもないほどの憤りを感じた。

「ああ、アスカ、着たわね。」

学校を途中で早退してネルフに来た私に、ミサトが軽く言う。
人をわざわざ呼んでおいてこの軽い乗りが、最近苛々していた私の神経を逆撫でする。

「人の知らない間に勝手に決めて、勝手にやって、呼び出したクセに。
 よくしゃーしゃーと言うわね!」

私はミサトに対して思いっきり棘を含んだものの言い方をした。

「…ふふん、最近シンジ君との不仲で相当苛立ってるわね。
 でも、悪いんだけどあなたの親権と今後に関することだから。
 あなた一人が決められることでもないし、ただの一時的な保護者の私の意見なんてものも通じないから。」

ミサトは最初の軽い言い方とは打って変わった、真剣な感じで言った。
…最初の出だしの部分で少しムカついたけど、確かにミサトの言っている事は当然のことだった。でも、私以外のやつらが本人のうかがい知らないうちに勝手に関与して、勝手に人の将来をブツブツと取り決めようとしているのはどうしても気に入らない。

「…また"大人同士の都合"ってヤツか。くだらないわね。」

私は吐き捨てるように言った。

「…まぁ、そうなるわね。ところで…審議の結果、聞く?」

ミサトのこの言い方に腹立ち半分、呆れ半分になった。
ここまで呼びつけておいて今更、"審議の結果、聞く?"

「ここまで呼びつけたんだから、とっとと言いなさいよ。」

私はミサトに急かすような感じで言った。ミサトは表情を改めて、それから言い始めた。

「あなたの今のご両親…親権を手放すそうよ。」

はっ!やっぱり。
私はなんとなくそんな気がしていたので別に驚きもしなかった。
縁と戸籍以外じゃ血の繋がりも無ければ情も通ってない。所詮は仕方なしに預かったお荷物という感じだった。それに、あんな巨大なモノに乗った世界を巻き込む人騒動の渦中の人間を、自分達の縁のあるものにもしたくはないだろう。なによりもあの二人も一応はネルフの関係者だ。"セカンド・チルドレン"だった私と関わっていると、なんらかの形であの二人に利益不利益関係なく、色々な面倒事が舞い込んでくる。
ある意味、捨てて正解だ。

「…あまり驚かないのね。」

ミサトが眉を寄せながら言う。

「別に。元々血が繋がってたわけでもなかったし。
 嫌いでもなかったけど、私も情があったワケでもなかったから。」

そう…。
ミサトは声に出さなかったけどそういう風に返事したように見えた。

「…それでね、あなたの後見人にって名乗りを上げた人がいるの。」

「ふうん。」

私はどうでもいいというような感じで答えた。 実際どうでも良かったから。
誰が後ろ盾につこうと、私には関係無いし、どうでもいいことだった。

「…ドイツにいる貴方の母方の血縁関係者でね、貴方の優秀さから、このまま自分達が後押ししてあげたいって…。」

優秀さ!
なんだかバカにでもされているような気がした。
14歳で大学を卒業したこと? 経歴上の優秀さ?
そんなの、歳を取って、後々なんの成果も表さなきゃどんどん意味を成さなくなるに決まっているのに。確かに若いうちは理解も物覚えも速い。私の場合、優秀というよりも、単純な偏った努力の賜物という事は、自分自身が一番よく分かっていた。それで行き詰まって、一時精神的に病んだ事も忘れたりはしない。
一つの事にひたすら努力して、最後は壁にぶち当たるか、崖から転がり落ちる。
その惨めさはよく分かっている。
それを"優秀"と取るのか…。
私は暗い気分になった。

「…イヤなら別にいいのよ?一応、貴方自身の意思を尊重ということだから。」
「へぇ、"一応"ね。」

私は冷め切ったような言い方でミサトに言った。

「…乗り気じゃないのは分かるわ。
 私もこれ以上貴方を大人の都合で振り回したいとは思わないから。
 ただ、貴方はまだ…」

「法律上、未成年ってことでしょ?」

…ミサトが言い出す前に私は言った。

「…まぁそういう事になるわね。
 とにかく、今貴方が何処に居ようと、貴方の在籍ははっきりしておかなきゃいけないのよ。
 貴方はドイツ在住のアメリカ国籍だったけど、両親が色々と複雑だから…。」

そう言ってミサトは色々な書類の束を私に渡してきた。
ドイツ語、英語、日本語、色々な言語で書かれたその書類の束は私の身元と経歴、人間関係…私のこの世界での存在を証明する物であり、形式上の"私"という人間がこの世の中でどういう価値のものかを紙に書いて表したものだった。

「…ついでに、"セカンド・チルドレン"ってラベルもついてたものね。」

私は半ば自嘲するかのように言った。そう、ラベル。昔の私のプライドそのもの。
今は私の所在を混乱させている最もたる原因の一つ。

「そうね、それもあるわね。
 それに、たとえ日本に留まるとしても正式に誰かにあなたの後見人になってもらわなきゃいけないしね。」

この言葉を聞いて、私は眉を顰めた。日本に留まる?

「なんで私が日本に留まらなきゃいけないのよ?」

私はミサトを少し睨みながらそう言った。

「…二年前にドイツに帰ろうと思えば、帰れたのに、そのままここにいるからよ。」

ミサトが何か含みのあるような感じで言った。
私はこの言葉に何か釈然としない思いを抱きながら、そのままアイツがいるだろう家に帰っていった。

家に帰った時、見ない靴が一足、玄関に置かれていた。

…サイズ的に男物じゃない。
シンジはそれほど身長がある方でもないけど、男なだけにやっぱり私よりも靴のサイズが大きい。
誰かが来ている。
私は嫌な予感を抱きつつも、そのまま「ただいま」の挨拶もせずにリビングの方へ向かう。

そこには、シンジと…そしてマナがいた。

「あ…お帰り…」

シンジが少し焦ったような言い方で言った。

「お邪魔してまーす。」

ミサトなんかよりもずっと軽い言い方でマナは言った。
この言い方がどのくらい人をバカにしているように聞こえるのか、この女は分かっているんだろうか?

「…スパイが図々しいわね。 またここの玄関をくぐってくるなんて。」

私は不快をあらわに言った。
しかし、この女は、明るい表情を崩さずにリビングのテーブルの前に座っている。

「いつまでも昔の事に拘らないようにしなくちゃって。 シンジに無理やりついてきちゃった。」

わざとらしいほどの底抜けの明るさと軽さでマナはそう言い放った。
前にも感じたし、今でも思うけど、この女はこういうわざとらしい態度と行動でその場を凌いできたんだろう。私にもそういう所はあったけど、ここまで割り切って突き通せない。どうしても裏目が出るし、意地やプライドが出てわざとらしさを演じきれない。多分、これがこの女の特徴だろうけど、私はそれが気に入らなかった。

「…で、ここまで図々しく上がりこんでくるんだ。」

私は目を細めて言った。それを聞いたシンジが顔をしかめた。

「…どうしてマナをそこまで言うんだよ?」

…バカ女を庇っているつもり? それとも言い過ぎな私を諌めてるつもり?
確かに私の言う事には棘がある。それは自分でも自覚してる。でも、どこまでも他人にいい顔しているコイツが、この時憎くて仕方が無かった。

「うっさいわね!!アンタが私に注意してもなんの効力も、説得力もないのよ!!」

私はリビングに黙って座り続ける女を睨みながら指をさしながら言った。

「いい加減にしなさいよ!!昔にとらわれないですって!?
 そんなんでアンタのしてきた事が水に流せると思ってんの!?
 盗人猛々しいっていうのはアンタみたいなヤツの事を言うのよ!
 不愉快よ!!こっから出て行って!!」

「アスカっ!!」

シンジが私の言葉を遮るように言う。

「黙れ!!バカシンジ!!」

私はシンジに大声で言い返した。

「…わかった。」

マナが突然立ち上がった。

「…私よりもアスカの方が拘ってるみたいだし。 …とりあえず私、帰るね。」

そう言って玄関の方に向かっていった。
私が過去に拘っている?言ってくれるじゃない。
私はどうしようもない苛立ちを感じた。

「マナ…。」

シンジが残念そうな顔をしてマナを見送る。そんなシンジの様子を見ていたら、まるで私が悪役かヒロインを虐める役の女みたいに思えてきた。
自分の思い通りにならないから、ヒロインを虐めて、結局最後は…。
そんな考えが頭を過ぎったけど、私は首を振った。

その日の夕飯、私とシンジは無言で食事をした。
最近は、いつもこんな調子で会話なんてないけど、特に今日は気まずい。私がマナを追い出したのもあるけど、シンジが明らかに不機嫌そうだった。何かにがんじがらめにされている感じ。イヤな雰囲気。

「ごちそーさま!!」

私はわざと大声を張り上げて言った。
シンジはそれに返事をするわけでもなく、私の食べ終わった食器を黙って片付ける。

「何よ、澄ましちゃって。ムカつくわね。」

私は悪態をついた。この沈黙がどうしようもなく耐えられなかったから。こんなこと、言えばまずいのはわかっているのに。

「…自分のことしか考えてないんだね。アスカって…」

小声だったけど、私はシンジのこの言葉を聞き逃さなかった。

「…なんですって?」

「自分が嫌だからって、僕の友達を呼んだら、だめなの?」

シンジは私に向き直って少し睨むような様子で言った。

「トモダチ?あんなのがトモダチなワケ?!」

本当はそんなつもりは無かったけど、私はバカにするような口調で言った。
私はあの女が気に入らない。百歩譲って寛大な心を持てと言われても、引くに引けれない。
でも、シンジはそんな私の気持ちなんて知ってか知らずか、さり気にこう言った。

「…そんなの、どうでもいいことだろ?」

…私はこの言葉を聞いて、シンジの頬を思いっきり引っぱたいた。
私はそのまま携帯を引っつかんで外まで走って出て行った。どの辺まで行ったのかわからないけど、夜道をデタラメに走ったり歩いたりして、何処だかわからない街角の、街路灯の下で、まだネルフにいるミサトに電話をかけた。そして、ドイツに行くと言った。ミサトは突然どうしてって聞いたけど、とにかく後見人の候補に手を挙げている人の所に行くと言って、飛行機のチケットの手配をするように一方的に言って、携帯の電源を切った。

携帯の電源を落とした途端に、シンジを思いっきり引っぱたいた右手がズクズクと痛み出した。

あの戦いでもそうだった。必死になってがんばったのに、何もならなかった。
ただどこかに傷が残って疼くだけ。
結局、私のこの手はなんの為にあったの?
量産機を倒す為?
シンジを引っぱたく為?

どれも、何の為にもならなかった気がする。

右手を見ながら私はあの戦いの後に、シンジが私の首を絞めたのを思い出した。

なんで首絞めたの?
なんの為に私の首に手をかけたの?
"どうでもいい"なら、そのまま私を放っておいておけばよかったじゃない。
あの時、アイツは私に何を拘っていたんだろう?
私は首を絞められた時に、この手でアイツの頬を撫でてやった。
あの時頬を撫でたのは何故?
なんの為に?

よく思い出せない。

ただ殺されたくなかったのは確かだった。なら、頬なんて撫でる必要なかった。
足掻けば良かったんだら。
でも、何故だかアイツの頬を撫でた。
どうして?

しばらくしてから右手に何かがボタボタと落ちた。
それが涙だと気がついたのは、知らず知らずのうちに来ていた場所、シンジとユニゾンで特訓した時に、アイツに私が胸を張って「傷つけられたプライドは十倍にして返す」と言い切ってつっぱって立っていたベンチの前でだった。

ドイツ行きを決めてから一週間、シンジとはほとんど顔も合わせなかったし、食事すらも一緒に取らなかった。

学校にいる間中、シンジはマナに絡まれたり、ファーストと話をしたりしていたけど、私はシンジとマナが一緒に居てすれ違った時だけ"いつも通りの"嫌味を言ってやった。

…本当はそんなの、もう、どうだってよかったけど、ただ、アイツとあの女が一緒に居る時だけは、いつもと変らないフリをしたかった。
朝はシンジより早く起きて、コンビニで何か買い食いして、授業が終ってからすぐに校門から飛び出して、家にすぐには帰らずにそのままネルフに行くか、どこかで買いもしない買い物をしているか、どちらかだった。
そして家に帰ってからは部屋の中に閉じこもって、見ているわけでもないファッション雑誌をめくった。
バカなシンジは私の分の食事も作って用意していたようだったけど、私は家に帰る度にそれをシンジが見てないところで黙って生ゴミの中に放り込んだ。
シンジはこれを知ってか知らずか、それとも私が癇癪を起こしているとでも思っていたのか、この行動については特に何も言わなかった。

あれから10日くらい経った頃、学校の昼の休憩時間に、ネルフにいるミサトから電話が入った。手配が出来たから学校が終ってからネルフの第三会議室に来るように、との電話だった。私は授業が終ってすぐに学校を出た。

ネルフに到着してから会議室の方に行ったら既にミサトが待っていた。
ミサトは黙って私にドイツ行きのチケットの入った袋をよこしてきた。

「…シンジ君には何も言ってないわよ。」

何を考えたのか、ミサトはそう言った。

「…なんでシンジの名前が出てくるのよ?関係ないし、どうでもいいでしょ?」

どうでもいい。
自分で言った言葉なのに何故だか、胸に突き刺さった。ミサトは私の顔を見て何か言いたげな表情をしたけど、溜息を一つこぼしてから言った。

「…後悔しないようにね。」

その一言だけ言って、そのまま自分の仕事の持ち場に戻って行った。

私はチケットの入った袋を鞄に入れずに手に持ったまま、家路についた。
…ミサトは何が言いたかったのだろう?
電車の中でチケットの袋を見つめながら考えた。
ミサトの顔は私の事を、見透かしているのか、分かったつもりでいるのか、そんな顔で見ていた。
私はチケットの袋の中を覗き込んだ。
中のチケットにはフライトの日付と時刻が書かれていた。
…四日後。そっか、四日経ったらここからサヨナラなんだ。
そう考えたら胸の中にぽっかり穴が開いたような、そんな空虚な気分になった。

…私、何やってんだろう?
自分のしている行動がよく分からなくなった。
ぼうっとしたまま歩いていたら、家の前まで帰ってきていた。
なんとなく玄関のドアを見つめる。もう四日経ったら、ここは私が帰る場所じゃなくなる。

「…ただいま」

しばらくしたら、帰る場所でもなくなるのに、私はそう言った。
キッチンにはシンジが立って、食事を作っていた。

「あ、お帰り。」

事もなさげにシンジは言った。その表情からは、なんでもない日常という感じだった。

…私がここから居なくなっても、こういうなんでもない日常をコイツは過ごすんだろうか?

私はそんな事を思ったりしたけど、もうそんなこと自体、コイツにとってはどうでもいいことなのかもしれないと思ったら、今まで感じたこともない、自分ではどうしようもないような、そんな感情が沸き起こった。
私にとってそれがなんなのか、まったくわからなかったけど、今、シンジの顔を見たくないということだけは分かっていたから、私はシンジの作った食事を見向きもしないで、そのまま自分の部屋に戻った。
そして、机の上にチケットの入った袋を放り出して、なるべく何も考えないように、そのまま寝た。

翌日、私は何事も無かったかのように、シンジより先に学校に来ていた。

朝早く、用務員の人以外は誰もいない校舎。
誰もいない教室。

私は自分の席について学校のグラウンドをぼーっと眺めていた。
もう数日経てば、見ることもない風景。
でも、どれもこれもどうってことないただの日常、
どうでもいいことだ。

しばらくして、学校が生徒達でにぎわい始めた。
ただの過ぎていく日常の一つ。
何事もない一日。
シンジが学校にやってきた。
これも日常の一つ。
マナと話をしている。
これもただの日常。
ファーストにシンジが話しかけている。
これもただの、どうでもいい日常の一つ。

 なのに、この欠けた気持ちは、何?

「セカンド。」

ぼうっと、聞いてない授業時間を過ごした後の休憩時間、ファーストがいきなり私に話しかけてきた。
用事がなければめったに人に話しかけるような女じゃない。一体私になんの用があるっていうの?

「…何よ?」

私は不機嫌を装ってファーストに言った。しかし、ファーストは至って真剣な面持ちで私に話しかける。

「碇君には何も言わないの?」

何を言ってるんだろう?
私がドイツに帰る事を言ってるんだろうか?
それよりも、なんでコイツがそんなことを知ってる?
でも、そんなの…

「どうでもいいことじゃない。」
「そう?」
「そうよ、どうでもいいことなのよ。」

ファーストはケンスケと話しているシンジの方を見た。
無表情なファーストの顔。
その表情からは何も読み取る事が出来ない。
ファーストはしばらくじっとシンジを見てから私の方を向き直った。

「…後悔、しないようにね。」

私はファーストがミサトとまったく同じことを言ったので目を見張った。
でも、ファーストは私の表情なんてお構いなしで、自分の席に戻って行った。

 …何を後悔するっていうのよ?

シンジはいつもと変らない様子でファーストにもマナにも、いえ、誰に対してでも同じように接していた。

話しかけられれば相手にする。
気が合う人間なら自分から少し話かける。
何かを頼まれれば特に拒みもしなければ安易に受け入れもしない。
そっか、ああやって普通に、平凡に、特に目立とうと思うことなくしてたんだ。
知っていたことだし、分かっていたことだったのに、すぐに思い出せなかった。
シンジの様子は、別に誰かを極端に特別に扱っているって様子でもない。
前はファーストと仲良しだと思っていた。
でも、今はマナとよく話す。
でも、今見ていたら、それはマナが話しかけているから相手にしてるみたい。
シンジの応答は、軽く、さり気無く。

 …本当に私、何やってんだろ?

帰り支度をしながらそうやってぼんやりとシンジを見ていたら、シンジが不意に私の方を見た。
私は一瞬びっくりしたけど、そのまま鞄を引っつかんで、精一杯の不機嫌を装って、床を踏みしめながら教室を出た。

校門から出て、町のショーウィンドウを見る。
こんな所で、特に買うものなんて無いけど。
ここにあるものはドイツに行く時にみんな捨てる。
あっちで新しく買い揃えた方がいいもの。
別に後見人に買ってもらうまでもなく、私にはそのくらいのお金はあるし。
夕食代わりにコンビニで買ったジャンクフードなんか食べてみたけど、味がしない。
口の中に無理やり物を放り込んでいるような感じ。
最近ずっとこんな調子の食事だ。でも、家に帰ってもアイツの作った物なんて食べない。なんだか、アイツのことが頭に残りそうで、それが嫌だった。どうせ、アイツにとっても、過ぎていくどうってことない日常の一部なんだから、別に覚えている必要も無い。

マナがやってくるほんの少し前の日常を思い出した。

…どうってことない日常。私が居て、シンジが居て、ミサトが居て、そして時々他の誰かが居て。何かに欠けていた毎日だったけど、私にとっては今よりも何かに満ちたりていた気もする。

気がつくと、ミサトのマンションの玄関前まで戻ってきていた。
後数日で終るどうでもいい日常。
シンジは帰ってきてるんだろうな。
アイツの顔を思い出したら急に腹が立ってきた。
どうでもいい事なのに。私は精一杯の元気を集めて、玄関のドアを開けた。

「ただいま~」

「あ…アスカ、お帰り…」

シンジがキッチンからどもりながら返事してきた。
何よ?この前まで何気ない様子で返事していたのに、今日に限って何でどもってんのよ?
私は視線だけをキッチンのテーブルにやる。
テーブルの上にはシンジが食べかけていた食事と、私の分の食事が乗っていた。
食べている途中だったのか…。
私はシンジの態度を不審に思ったけど、いつもの強気な態度でシンジに言う。

「…は!アンタ、私よりも先にご飯食べてんだ。」

これを聞いたらシンジはやたらと私の顔を見たり、見なかったり、視線を泳がせながら言った。

「…だって…アスカ、こんなに遅くなるなんて知らなかったから先に食べる事に…」

…何よ、この言い訳がましいような言い方は? 何、急に私の顔色伺うような言い方してんのよ?
私の事なんか、どうだっていいじゃない。

「あ、そ。ああ、そうそう。私、もう食べてきたから。」

急に態度変えてきたシンジに、私は冷たく言ってやった。
そして自分の部屋に向かう。

「あ…アスカ…。」

突然、シンジが私を呼び止めた。

「…何よ?」
「あの…」

シンジは何か言いたそうにしていた。でも、視線を私から逸らしてなかなか話そうとしない。
煮え切らないシンジの態度に私はいい加減苛々してきた。

「…何よ。しけたツラして…キモチワルイわね!!いちいち呼び止めないでよ!!」

私はシンジにそう、言い放つと、自分の部屋まで戻っていった。
そして勢いよく、戸を閉めた。

私は自分の部屋に戻ってから、制服を脱いで、いつものTシャツに短パンを履いて、そのまましばらくベッドの上に寝転がった。

…何よ、シンジのあの態度は?急に昔みたいに人の顔色なんか伺い始めちゃってさ。私のことなんか別に気にもかけてないんじゃなかったの?

私はベッドから机の上を見る。
机の上には昨日ミサトから受け取ったドイツ行きのチケットが…。

…私はこの時ハッとした。
あの、バカ!!人の部屋に勝手に入って、このチケットを見た?!

私はチケットの入った袋を引っつかんで、自分の部屋の戸を勢いよく開けた。

「バカシンジっ!!」

シンジがリビングで、携帯を持ったまま、ビクっとして私の方を振り向いた。

「あ…アスカ…。」

シンジは携帯を隠すように後ろにやって、バツの悪そうな顔をしていた。
私はそんなシンジの態度を見逃さなかった。

「…何よ。アンタ、私に言えないような事でもしてたの?」

「いや…別に…。」

シンジはそう言いながら、私のチケットを持っている右手を見る。
シンジの目が一瞬見開いた。
私はシンジのそんな様子に、目を細めた。

「…ふうん。アンタ、これが何なのか、知ってんだ。」

私はチケットの入った袋をシンジの目の前にちらつかせながら言った。

「…アスカが…ドイツに行く為の…飛行機のチケット…。」

シンジが視線を逸らしながら、不機嫌そうな様子で言う。

「へぇ、私の部屋に勝手に入って見たんだ。
 どーせ、今、ミサトにでも電話かけて聞いたんでしょ?
 でも、これ、ドイツに"行く為の"じゃないわよ。私がドイツに"帰る為の"ヤツよ。」

これを聞いて、シンジが顔をしかめた。

「優秀さを買われて、ドイツの後見人の所に行く事になったのよ。
 どぉ?すごいでしょ?」

シンジは視線を逸らしたまま黙っている。
私は、段々苛々してきた。

「何よ!黙ってないで、喜びなさいよ、祝福しなさいよっっ!!」

シンジは黙ったままだった。何も答えない。

「何か言いなさいよっ!!」

私は叫んだ。

「…何で…黙ってたんだよ…。」

シンジは視線を逸らしながらボソっと言った。
何で?何でですって?
私はこの言葉にキレた。

「どうだっていいことだからよっ!!アンタなんかに知らせる必要なんかない!!
 私が何処で、どうなろうと、アンタには関係無いっ!!
 もう何もかも、どうでもいいのよっ!!
 私は一人で生きて、一人で死ぬのっっ!!」

勢いに乗って言ってしまった。
でも、すぐに後悔した。
…言わなくてもいい事を言ってしまった…。
何気なく、シンジの目を見る。シンジは、私をまっすぐ見たまま、睨んでいた。
そんな目を見ていたら、私は今すぐこの場から逃げ出したくなった。

私は、外に飛び出そうと走り出した。
シンジの真横をすり抜けようとした時、いきなり右手をシンジに掴まされた。
振りほどこうとしたけど、シンジの力は、今まで感じた事も無いくらい強かった。
シンジの掴んでいる私の右手首に、痛みが走る。
私が顔をしかめたら、シンジは急に手を離した。
急に手を離されたものだから、私は少し前のめりになってその場に立ち止まらなきゃいけなくなった。
私はシンジの方を向く。
シンジは顔をしかめたまま、何かを握っていた。

「あっ!?」

シンジが握っていたのは、私のドイツ行きのチケットが入った袋だった。
取り返そうと手を伸ばしたら、シンジはそれより先に、チケットを袋ごと破り捨てた。

「…な…何…」
「…アスカにとって、どうでもいいことなんだろ?」

私が何かを言うより先に、シンジは静かに言う。
その声は、いつもより、低い。

「ドイツに行くのなんて、どうでもいいんだろ?!なら、こんなの必要ないよっ!」

私は一瞬この声に、圧されそうになった。
でも…。

「…必要…よ。要るのよっ!!大切なのっ!!だから邪魔しないでっ!!」

…悪あがきだ。みっともない、最低。
でも、引けない。これが私なんだから。

「ウソだっ!!」

シンジがすぐさま叫び返してきた。

「もし、こんなのがアスカにとって大切なモノだったとしても、僕には大切でもなんでもない!!」

「何よ!!どうだっていいじゃない!!」
「よくないっ!!」

いきなり、シンジの手が私の方を掴んで、そのままリビングの壁に押し付けてきた。
私はシンジの力が強かったのと、咄嗟の事だったのとで、怯んで目を瞑った。
昔は同じだったけど、今はシンジの方が身長が高い。
私は、私を押さえつけているシンジに、再び首を絞められるんではないかと思った。
サードインパクトの、あの夢と現がわからない世界。
私はシンジを煽って挑発して、そして首を絞められた。
あの時、シンジを追い詰めたのは私。
私の思い通りにならずに、私を傷つけるシンジに、ありったけの憎悪を込めて、シンジに迫ったから。
そう思い出していたら、ふと思った。
きっとシンジは、私がああいう風に彼自身を追い詰め、傷つけられるのが怖くてで、私の首を絞めたんではないかって。

あのときと同じなら…私は…私は…。

私は恐る恐る見上げるように、シンジの顔を見た。
私の目に映ったシンジのその顔は、さっきと違って睨むような厳しい表情ではなく、哀しげな表情だった。

「…ねぇ、アスカ。アスカが何を怒ってるのか、何を悲しんでるのか、僕にはよく分からない。
 でも、そんな風にどうでもいいなんて、言わないでよ…。」

怒ってる?悲しんでる?
シンジは何言ってるの?

「アスカが何処かに行くって分かった時、僕は大切なものを失ってしまうような気がしたんだ…。」

シンジの目をじっと見ていたら、シンジが私の目尻に手を当てて涙を拭うようなしぐさをした。

…涙?

「…もう泣かないで。
 僕が何かバカな事言ってアスカを傷つけたんなら、あやまるから。
 だから、ねぇ、アスカ…。」

殊更優しげに言うシンジの言葉に、目が熱くなってきた。
目の前にあるシンジの顔がゆらゆらと揺らぐ。

「…アンタ、バカぁ?」

私の口から出たその言葉は、かすれた小さな声で、いつもと違ってちっとも勢いなんて無くて、とても煽っているように聞こえない。

「…うん。バカだよ。どうしようもないバカ。」

私はシンジの胸元に、頭をくっつけた。

「…バカよ。」

「うん。僕は、アスカの気持ちなんて分からない、どうしようもないバカだよ。」

「…バカ…。」

シンジは、私の頭や髪を撫でてくれた。それは、とても心地良かった。

「シーンジっ!!」

げっ!!来たっ!!
朝一番、私とシンジが一緒に学校の校門に入った所で、マナが軽々しく声をかける。

「ああ、マナ。おはよう。」

…それに応答するバカ男。

「ねぇ、シンジ。また今度、シンジの家に遊びに行ってもいい?」

シンジに猫なで声でマナが誘う。シンジはそんなマナにお愛想笑いをしている。
そしてバカシンジの優柔不断そうなその顔は今にもO.K.を出しそうだ。
…懲りない女ね!!バカシンジもはっきりしなさいよっ!!

「…ダメよ。あの家の敷居をアンタにはまたがせないわ!!」

私は人差し指を突き出して、マナに宣言する。

「何よ~別にいいじゃない。シンジと私との話なんだから。」

殊更、この女は軽く軽く軽~く言う。
苛々してきた…!!

「あ…あのさ、アスカ。いいじゃない、友達呼んでも…。
 ほら?今後の人間関係とかさ、考えたら…。」

私はシンジに鋭くガンを飛ばした。

「アンタ、バカァ?!どう見たって、"友達"として誘っているようには見えないわよっ!!
 いいこと、この女も含めてだけど、あの家に女連れ込んだら、殺すわよ?!」

シンジの顔がヒクついた。
シンジは縋るような、おどおどした目をしてマナを見た。

「…えっと…マナ。そういうワケみたいだから…家には呼べないみたい…。」

シンジが言い訳がましくマナに言った。

「ええ~っ?!アスカの居ない時に行ってもダメ~?!」

…いい度胸してるわね、この女。

「えっと…それは…。」

シンジが困ったような顔をした。
…そう、そんなに"女を連れ込みたい"のね。

「…帰る。」

「え?」

「私、ドイツに帰る。」

「ええっ?!」

私はそのままズカズカとシンジを置いて先に行った。

「ま、まってよ、アスカ!!ゴメン!!もう誰も呼ばないからさ。
 ねぇ、アスカ、アスカぁ~!!」

シンジが情けない声を上げながら私に必死についてくる。

ふと、目の前の下駄箱の入り口の近くでファーストが立っているのを見た。
いつも無表情のファーストだけど、私たちの様子を見て、一瞬クスっと笑った。
…あの女でも笑う事があるんだ。
私はそう思いながら下駄箱でこの女とすれ違った。
その時に、ファーストはボソっと言った。

「…よかったわね。」

…はぁ?何が良かったのかしら?
よく分からないけど、まぁいいか。
私は後ろから必死に追いかけてくるシンジをわざと無視するように、教室の方へと歩いて行った。

END

Author: AzusaYumi
修正: 2005/08/06
初出: 2005/07/23
はい、当サイト10hit記念の企画モノ、
"アスカが片道のドイツ行きチケットを手に入たことを知ったシンジ、後はどうなる?"
の、Azusaの書いたアスカ一人称での話です。
…長いですね。私にしては。

初稿が何か読みづらかったのでちょっと直しました。
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